全米ジュニア、全米アマでそれぞれ3連覇を達成し「アマチュアとしてすべきことはすべて成し遂げた」タイガーは96年の8月25日にプロ宣言を行なった。ナイキ、タイトリストと交わした契約金は破格の6000万ドル。60億円を超える額がまだプロとして1球も打っていない青年に支払われたのだ。
当時は「プロとアマは違う。あの若造がツアーでどんな結果を出すか見ものだ」と揶揄するベテランもいた。しかしタイガーはそんな評判どこ吹く風で優勝。ブッチ・ハーモンに師事する同門のラブ3世を破っての快挙に一気に評価が高まった。
「いつか彼が優勝することは誰もが知っていた。でも今週だけは勝って欲しくなかった」と敗れたラブ3世。「彼がいかに優れたプレーヤーで次世代のホープだということもわかっている」。しかしそのラブ3世さえ25年後、タイガーがツアー最多の通算82勝に到達するとは思っていなかったかもしれない。
優勝セレモニーでは司会者がちょっと意地悪な言い回しでタイガーを祝福。優勝賞金29万7千ドル(約3300万円)を獲得した彼に「もっとも裕福なカレッジドロップアウト(大学中退者)に盛大な拍手を送りませんか?」とギャラリーに呼びかけたのだ。するとタイガーは笑顔のまま司会者の耳元で「もうひとりビル・ゲイツがいますよ」と囁いたのだとか。
82勝ぶんのトロフィーがどこにあるのかすべては把握できていないというがこのとき手にした297,000ドルと書かれた大きな小切手は未だに彼のオフィスの壁に飾られている。今年のシュライナーズホスピタルオープンの優勝賞金は126万ドル(約1億4千万円)、この25年で賞金は4倍以上に跳ね上がった。これだけツアーが隆盛を極めているのも、ひとえにタイガーの存在があったからこそ。
契約金60億、優勝賞金3300万円を手にしたタイガーはその週ラスベガスのMGMグランドのペントハウス(最上階)に宿泊していた。だがジョン・ストレージがしたためた伝記には「ビッグマックとフライドポテトを買うため彼は母クルチダさんに20ドルを借りなければならなかった」とある。健康に気遣いハンバーガー断ちをしたのは翌年マスターズに勝ってからのことである。
「すべてのプレーヤーを打ち負かすのが僕の目標。ここで優勝できたのは心(マインド)の力。心が疲弊する前にもっと前に進みたい」と語ったタイガー。惜敗を喫したラブ3世は自嘲気味にこう呟いた。「自分がタイガーというモンスターを作るきっかけをつくってしまった」。あれから25年、世界はタイガーの復活を切望している。
2021年10月8日18時23分 文章を一部修正いたしました