PGAツアー中継でもおなじみ 内藤雄士
松山英樹の頼れる元相棒 進藤大典
丸山茂樹とアメリカ転戦 杉澤伸章
PGAツアーのスタッツマニア 佐藤信人
オーガスタで勝つための条件
杉澤 内藤さんや佐藤プロを前にして技術的なことを言うのもおこがましいのですが、僕はセカンドショットの距離感だと思うんですね。特にアドレナリンが出た時の距離感です。メジャーで、まして優勝争いをしているとなればなおさらで、普段よりも飛んでしまうことがありますよね。
佐藤 ええ。自分でも驚くほど飛んでしまうことがあります。
杉澤 実は以前、マスターズの15番でこんなシーンを目撃したんです。15番のパー5で、残り180ヤードという状況です。
内藤 グリーンの手前の池にサラゼンブリッジのかかるホールですね。
杉澤 2打目を打つ前の選手とキャディのやりとりを聞いていたのですが、普段であれば7Iの距離で、練習ラウンドでは8Iで池につかまったそうです。ところが試合になって、7Iを渡すキャディに対し、選手は8Iを要求して譲りません。2ヤードでも短ければ池につかまる状況です。しかし選手が8Iで打ったボールは、見事にベタピン。実はこの選手は後にマスターズチャンピオンになるんですが、このアドレナリンが出たときの距離感こそ、マスターズで勝つ条件だと僕は思うんです。
進藤 それって18年の英樹と僕じゃないですか! 打ち終わって「ほらみろ!」と言われたやりとりが、しっかりマイクに拾われて、生中継で日本中に聞かれてしまいました(笑)。
杉澤 一度、飛んでしまうと次のショットに不安が生まれ、調整できずにショットからアプローチまで乱れ、崩れていってしまうのが勝てない選手のパターンです。
内藤 実はその距離感というのは、“振れてきちゃった”時のスピンコントロールの技術なんです。もっとわかりやすく言えば“ふけ球”、“逃げ球”を打つ技術。これが抜群に上手いのがタイガーなんです。具体的にはインパクトでフェースをシャットに入れず、スティープにややカット気味に打つ技術ですね。
杉澤 松山選手が優勝したマスターズ最終日の18番の2打目は、ふけて右バンカーに入れましたが、縦の距離は合っていました。
内藤 あの状況で左は絶対にアウトですからね。
佐藤 ZOZOの18番やソニーオープンのプレーオフも、似たような状況でしたよね。強いフェードボールで、縦の距離がピタリと合っていました。
内藤 “ふけ球” “逃げ球”という表現がふさわしいかどうかはわかりませんが、強烈な攻めのボールであることは間違いありません。
進藤 今の話を聞いて、英樹のデビュー当時を思い出しました。というのも当時、英樹はいろんな人から「振り過ぎだ、そんなに振ったら壊れる……」と言われ続けてきました。しかし内藤さんの“振れてきちゃった時のスピンのコントロール”という話を聞いて納得しました。英樹は振り切ることで、杉澤さんのいうアドレナリンの出たときの距離感を作ってきたのでしょう。
杉澤 とかく日本人選手が海外に出ると、飛距離や筋力アップに目が行きがち。でも、振り切っても飛ばない、距離感の出せる“ふけ球”“逃げ球”の技術の習得は、これから世界を目指す選手には新しい視点のような気がします。
GD 松山選手以外にはどうでしょうか?
佐藤 相性の良さでいえば圧倒的にタイガーですが、出場選手のなかでいえばダスティン·ジョンソン、ジョーダン·スピースなどはいい成績を出しています。
内藤 20年に優勝したダスティン·ジョンソンは相性はいいんだけど、マスターズに限らずこの先メジャーで勝つ可能性は、他のトップランカーよりも少ないと見ているんです。
佐藤 どうしてですか?
内藤 先ほど言ったスピンコントロールの問題です。これがあまり上手くない。おそらくドライバーがシャットフェース過ぎることで、その感覚がSWまで影響しているんでしょう。実際、スタッツを見ると「スクランブリング」(パーオンできなかったホールでパー以上で上がる率)がいいのはパットがいいんであって、アプローチがいいわけではありません。
杉澤 バンカー越えのショットなんかを見ていると、それは僕も感じます。
内藤 もちろん当人も自覚して、死ぬほど練習しているんだろうけど、上手い人だけが集まっている世界がマスターズですからね。
進藤 飛距離よりもスピンコントロールってことですか。コーチの人って、そういう見方をするんですね。勉強になるなぁ。
内藤 それにダスティンのような身体能力の高い選手は、新しい技術を身につけるときにはそれがマイナスに働くことがあるんですよ。
佐藤 それはなんとなくわかる気がします。できなくてもできるまで同じことを繰り返せる能力というか。いわゆる運動神経のいい人は、わりと簡単にできちゃって……。
内藤 ただ、それで本当に技術が身についたかとなると、必ずしもそうではありませんから。
2022マスターズの見どころ
佐藤 ここからはあくまでも僕の個人的な願望ですが、マキロイのキャリアグランドスラムに期待したいですよね。期待というより、ゴルフ界がどんな熱狂に包まれるのかを見てみたい。
杉澤 ゴルフファンなら誰もが味わいたい熱狂ですよね。
佐藤 マキロイは泣くたびに強くなる選手。それが僕の持論です。19年に母国のロイヤルポートラッシュの全英オープンでまさかの予選落ちして、涙、涙の記者会見は今も強烈な印象として残っています。しかし、その涙を乗り越えて翌年は2勝して、フェデックスランク1位になりました。そして去年はライダーカップで1勝もできずに涙を見せて……。
内藤 でも、あのライダーカップはベテランの多い欧州チームは、戦前から苦戦が予想されていました。果たしてマキロイの涙は自身のプレーに対するものだったのかな? ただライダーカップから時間も空きすぎていて、その間に2勝くらいはしてほしかった。
杉澤 涙の賞味期限が切れている(笑)。
佐藤 確かに大会の1~2カ月前の調子というのは、試合展開を考えるうえで重要なファクターです。
内藤 マキロイの場合、年齢的にも体力的にも、さらにプレッシャーも大きくなるだろうから、ここ2~3年が勝負であることは間違いありません。
佐藤 マスターズは、勝てばいつでも戻ってくることのできる大会。これも願望ですが、マキロイは現役を引退しても、パー3コンテストの輪のなかに絶対にいてほしい選手です。個人的にはアーニー·エルスがそこにいないのに違和感があるし、何より寂しさもあります。その意味でもマキロイには……。
進藤 佐藤プロほどのマキロイ愛ではありませんが(笑)、僕は個人的にはジョーダン·スピースとブライソン·デシャンボーが来そうな感じがしています。もっともこれもスピースの技と、デシャンボーの飛距離の対決を見てみたいという個人的な願望ですが。
内藤 そろそろ来そうだなと感じるのはザンダー·シャウフェレあたりでしょうか。去年の大会は最後まで優勝争いを演じ、勝ちたかっただろうし、そのリベンジが東京五輪での金メダルにつながりました。
佐藤 まだマスターズチャンピオンを輩出していない国の選手は、松山君の優勝に大きな影響を受けたと思います。たとえばノルウェーのビクトール·ホブラン、チリのホアキン·ニーマン、韓国ではイム·ソンジェなんかにも十分チャンスがあると思います。マスターズに勝てば、国家的英雄になれるわけですからね。
杉澤 頭のいい選手も、マスターズで勝つ絶対条件ですよね。その意味ではコリン·モリカワも見逃せません。去年勝った全英オープンの練習ラウンドに9ホールついたんですが、ボールを打つよりもキャディとの会話に時間を割いているように見えました。戦略を練っているのでしょう。「そんなところを見ているのか」「そこを狙っていくのか」とか、ちょうどサッカーの試合で、素晴らしいパスを見たときのような感動がありました。
進藤 どんなコースでもすぐに適応できる能力は、頭のいい選手だからでしょうからね。それにモリカワはマスターズに勝てば、早くもグランドスラムに王手だし。
杉澤 決して考えられないことではありません。
佐藤 曲げるのが好きな選手も相性はいいですよね。フィル·ミケルソンやキャメロン·スミスとか。スミスの場合、世界ランキングほどの安定感がないので、優勝候補の本命に挙げるのは難しいのですが、大舞台や大物相手に強いくせ者です(笑)。
進藤 確かにマスターズでは、成績いいですものね。1月のセントリートーナメントでは圧勝していますし。
佐藤 ええ。秋の大会となった20年のマスターズは、史上初の4日間連続60台で回って2位。セントリートーナメントでは世界ランキング1位のジョン·ラームと一騎打ちで、34アンダーのPGAツアー最多アンダー数を塗り替えました。また19年のロイヤルメルボルンのプレジデンツカップではジャスティン·トーマスに勝って番狂わせも演じていて、ハマれば面白い存在になるかもしれません。
杉澤 松山選手の連覇がないとして、では松山選手が誰にグリーンジャケットを着せるのか。そういった観点からすると、パトリック·カントレーなんかどうでしょうか?
進藤 いいですねえ。
杉澤 同じ92年生まれで、11年のマスターズでは松山選手とローアマを争い敗れました。しかし、その翌年に松山選手を抑えてローアマになったのがカントレーです。そして今度は、松山選手からグリーンジャケットを着せてもらう……。考えただけでもワクワクするドラマじゃないですか。
内藤 そうしたいろんなドラマを想像できるのもマスターズだよね。
佐藤 その意味では僕は松山君の用意するチャンピオンズディナーも気になるなぁ。何を出すんだろう? やっぱり寿司か天麩羅か。仙台に縁があるから、牛タンとかもよさそうだけど。でもタイガーは牛たん食べないらしいんですよ(笑)。
進藤 優勝してませんが、確かジェイソン·デイも食べなかった気が(笑)。
佐藤 そんなことを考えたり、話しているだけでも楽しくなる。それがマスターズだよね。