兵庫県小野市にある樫山ゴルフランド。2階右端が青木翔コーチの仕事場だ。2023年某日。取材班がその場所に向かうと、偶然にも渋野日向子を教える姿があった。
この2年間のトライ&エラーは貴重な経験だった
2人の関係が始まったのは2017年。渋野日向子はプロテスト合格を目指し、地元の岡山から週3日ほどのペースで通いボールを打ち続けた。
メジャー優勝、米女子ツアー挑戦、そして青木からの〝卒業〞を経て、今また同じ2階の右端でボールを打つ。
「僕のもとを離れて2年、アメリカで優勝という結果を残すことはできていませんが、トライ&エラーを繰り返し自分自身で考えるというのは貴重な経験だったと思います」
2022年シーズン、米ツアーでの予選落ちは9回を数えた。その結果とともに注目されたのが‟トップの低さ”だ。再現性の高いワンプレーンスウィングに取り組む過程で、横振りに近いほどトップが低くなり、結果的に打球方向がバラつき始めた。
「低いトップを直せばいい、昔の形に戻せばいいと思うでしょ。でも彼女が2年間で経験した思考や体の変化をリセットすることはできない。だからイチから作り直すイメージでいます」
米女子ツアーで勝つためには硬く速いグリーンでも止まる高い弾道が必要になる。「高い球を打つにはバックスピンが必要で、そのためにはダウンブローに打つ必要がある。そして打ち込むにはトップが高い位置にないと難しい」
高い球が目標。インパクト直前の“ヘッドの入れ方”を意識させる
「だから、インパクト直前のヘッドの入れ方を意識させるんです。目標はあくまでも高い球を打つことで、高いトップはその方法にすぎません」。逆算の思考でやるべきことを決めていくのが青木流。
インパクトから逆算してスウィングを再構築していく青木コーチ。この日はハーフショットの練習メニューを多く取り入れていた。
「両腰から下のゾーンでのクラブの動きが球筋を決めます。今のしぶこは長い番手ほどトップが低くなり横振りの傾向が出るので、それを修正するためにアイアンでハーフショットを行っています」
目指すのはダウンブローかつ、イン・トゥ・インの軌道。以前のスウィングでもクラブはインサイドから下りてきていたが、トップが低いため‟インサイド過ぎ”ていた。
「キツめのインサイドから入るためインパクトで手元が浮いていました。ティーアップしているドライバーはまだ当たりますが、アイアンは難しい。特に傾斜地の対応がかなり厳しくなります」
低いトップではダウンブローに打つことはできない。バックスピン量が減り、球が上がらないので、フォローでヘッドをアウトサイドの高い位置に抜くようになっていた。
「今はインからインに体の回転に連動してヘッドが動くように意識づけしています。それも適正な‟コレ”という位置は教えません。しぶこが自分に合った軌道を見つけて、身に付けることに意味があります」
先端に長いリボンが付いた疑似クラブを左手1本で振る練習も行っていた。これはヘッド軌道を可視化する効果がある。
渋野日向子はリボンが「パタパタ」と音の鳴る位置も確認していた。ヘッドがインサイドに抜けながら加速するイメージを目と耳に記憶させようとしているのだろう。
インパクトの入れ方が変われば、トップも自ずと変わる
また、本人は課題となっているトップの高さを意識するが、青木コーチからは「インパクトの入れ方を意識すると、自然とトップが変わってくるよ」とアドバイス。
さらに、「インサイドからダウンブローにボールを潰すイメージが持てれば、自然とトップの位置は高くなっていく」と続け、トップの高さよりもインパクトの入れ方を繰り返し意識させていた。思考も動きも逆算で染み込ませていくのは青木コーチらしい指導法。
目の前の取り組みが即成果につながるわけではないが、その後、米ツアーでの渋野日向子の成績は確実に安定し始めている。偶然立ち会った、その現場。「しぶこ再生ではなく、新生ですよ」と青木コーチは笑った。
※週刊ゴルフダイジェスト2023年4月11日号より(PHOTO/Tadashi Anezaki THANKS/樫山ゴルフランド)