
スウィングのテンポ、リズム、歩き方、そして話すリズムまでも独特のゆっくりさを持つ37歳のクリス・カーク(Photo/Tadashi Anezaki)
プレー中のクリス・カークは感情の起伏が見られない選手
2月のホンダクラシックで通算5勝目、8年ぶりの復活優勝を遂げた37歳のクリス・カーク。アルコール依存症による戦線離脱が19年5月。これを乗り越える壮絶な戦いは想像に難くないし、その復活劇はある意味、"奇跡"です。
昨年の同大会では、ジョージア大つながりでルームシェアしていたセップ・ストラカが優勝。そして今年はカークの優勝と不思議な縁の連覇も、奇跡の構成要素かもしれません。
カークを見ていると、プロゴルファーの心の複雑さを思い知らされます。プレー中のカークは、感情の起伏が見られない選手。その心の内が表情に表れることはまったくありません。
しかし、こうした選手ほど内に隠された葛藤は深いのでしょう。ボクも似たタイプなので、たとえば喜怒哀楽をあらわに、ときに怒り狂うのが売り(?)のティレル・ハットンのようなタイプに憧れます。同時にカークがアルコールに逃げた気持ちも少し理解できるのです。
ジョージア大では全米学生優勝時のエース的存在で、ベン・ホーガンアワードも受賞したスター選手でした。07年のプロ入り、10年に下部ツアーで2勝すると、11年にはPGAツアーで初優勝、14年には年間2勝してフェデックスランキングで2位、15年にはプレジデンツカップのメンバー入りも果たしました。しかし、ここをピークに成績は下降線をたどります。
カークには3人の息子がいます。子どもが小さいうちは家族帯同でのツアー参戦でしたが、長男が学校に通うようになると、1人でホテルで過ごすようになります。
毎日、満足できる結果が残せるわけではなく、むしろ不満足な結果が多いのが、ミスのスポーツと呼ばれるゴルフ。真面目な性格のカークですから、1人ホテルで過ごす夜は長く、思い悩む日々が続いたはずです。
ゴルフは孤独に耐える力が求められるが…
そこで逃げた先がアルコールでした。最初はビールから始まり、体重が増えるとワインに、やがて飲む酒の度数は強く、酒量も増えていきました。
個人競技のゴルフは孤独なスポーツ。当然ながら孤独に耐える力が求められるのですが、カークは"孤独にならないこと"が、どれだけ大事なのかを教えてくれます。
現役選手には、家族と過ごす、いいチームを作る、他の選手と食事を共にするなど、孤独にならないすべを身につけてほしいと切に思います。
優勝インタビューでも語っていますが、カークがアルコール依存を克服できたキーワードは「TrueSurrender」。直訳は「真の降伏」。「(依存症と)自分だけで闘わず降伏する」という感じでしょうか。
クラブを半年間握らず、医療の専門家に身を委ね、そして家族と一緒に生活改善に臨みました。そして約半年後にクラブを握りますが、最初の頃は毎週金曜日だけ。様子を見ながら徐々に頻度を上げていったようです。
コロナ禍も彼にとってはプラスに働いたのでしょう。続けて「Sobriety(飲まないで生き方を深めること)に一緒に闘ってくれた医療関係者、そして家族に感謝する」と言った言葉に、復活優勝の重みを感じました。
※週刊ゴルフダイジェスト2023年4月18日号「うの目 たかの目 さとうの目」より