「ゴルフ科学者」ことブライソン・デシャンボーの「教科書」であり、50年以上も前に米国で発表された書物でありながら、現在でも多くのPGAプレーヤー、指導者に絶大な影響を与え続ける「ザ・ゴルフィングマシーン」。その解釈者でインストラクターの大庭可南太が「セットアップのルーティン」について考察した。

みなさんこんにちは。ザ・ゴルフィングマシーン研究家で、ゴルフインストラクターの大庭可南太です。さて先週は全英オープンが行われ、36歳のブライアン・ハーマンが4日間アンダーパーのスコアを積み重ねてほぼ独走状態で優勝しました。

画像: 画像A 感慨深げに自分の名前の入ったトロフィーを見つめるブライアン・ハーマン(写真は全英オープン公式ツイッターより引用)

画像A 感慨深げに自分の名前の入ったトロフィーを見つめるブライアン・ハーマン(写真は全英オープン公式ツイッターより引用)

優勝したブライアン・ハーマンのワッグルの回数が多すぎた?

全英前まではツアー2勝、身長170cmの上に、アスリート体型の多い最近のツアー選手と比較すれば体格もかなり小柄で、ヘアスタイルも哀愁漂うレフティの優勝は、大方の予想を覆すものとなりました。

そして、これまでそれほど映像に映ることのなかったこの選手のゴルフを中継で見ていて、誰もが思ったはずなのが「この選手ワッグル多くない?」ということでした。そんなわけで今回はこの「ワッグル」を含めたセットアップのルーティンについてザ・ゴルフィングマシーン的な解説をしてみたいと思います。

セットアップのルーティンの種類

ザ・ゴルフィングマシーンでは「ミスショットの大半はスウィングの実行前に発生している」とし、始動までに行う三つの作業で確認を行うべきだとしています。その三つとは以下です。

1. 素振り
2. ワッグル
3. フォワードプレス

まず素振りで必要なことは、スウィング全体のイメージ、特にバランスの確認です。傾斜を含めたライの状況に合わせて、クラブヘッドを振り抜いていく方向、芝の抵抗、スウィングスピード、インパクトのイメージなど、全体的な確認を終えてからアドレスに入ります。

そしてアドレスにおいては、実際のスウィングの体勢でクラブヘッドを小刻みに動かすワッグルを行います。バックスウィングではスウィングに必要なパワーの蓄積を行いますが、これがスムースに行われるかの予行演習であるとしています。

さらにフォワードプレスでは、インパクトポジションの確認を行っているとしています。ここではフェース向きや、クラブのグリップのプレッシャーなどの確認を行えるとしていますが、バックスウィングをスムーズに始動するための予備動作(一度目標方向にクラブを振る体勢を取ってからバックスウィングを始動する)としての役割もあります。

ザ・ゴルフィングマシーンに先駆けて発表された、ベン・ホーガンの「パワー・ゴルフ」、「モダン・ゴルフ」などの書籍では、このワッグルやフォワードプレスの重要性が結構なページ数を割いて強調されておりますが、その理由は「静」から「動」に移行する、バックスウィングの始動が最もミスが出やすい箇所だからであり、逆に言えばそこがうまく行けばナイスショットになる確率を高められるからだと言えます。

しかし昨今のゴルフ界を見ておりますと、このワッグルやフォワードプレスは、そこまで入念に行われていない、あるいはまったく行われない場合もあります。小祝さくら選手なんて構えたら即打ちます。つまり実際のスウィングの始動までのルーティンは、選手それぞれの個性が出る部分と言って良いでしょう。

ブライアン・ハーマンのワッグルは「小さい素振り」

ブライアン・ハーマンの話に戻ると、どうしても首位を独走しておりますと映像に映る回数も増えるわけで、ただでさえレフティーの選手は右利きの選手の逆方向からの撮影ですし、他の選手の映像も映したいわけで、これだけワッグルが多いと中継クルーはさぞ難儀したことでしょう。

海外では昨今スロープレーへの風当たりが強く、かつてはデシャンボー、最近ではパトリック・キャントレー選手などがやり玉に挙がっているわけですが、今回のハーマン選手のワッグルの多さもやはり注目のマトとなりました。

画像: 画像B 珍しいワッグルのカウントを行う映像。これ以外のショットもワッグルの回数を数えると、おおよそ10〜20の間であった。本番のスウィングは素振りのようにゆったりとしている(Golf on CBSツイッターより引用)

画像B 珍しいワッグルのカウントを行う映像。これ以外のショットもワッグルの回数を数えると、おおよそ10〜20の間であった。本番のスウィングは素振りのようにゆったりとしている(Golf on CBSツイッターより引用)

そこでハーマン選手のワッグルをもう少し詳しく見ていきます。

画像: 画像C ソール状態(左)からヘッドを持ち上げる(中)→後に動かして前に戻す(右)→ソール状態に戻す、の動作をひたすら繰り返すブライアン・ハーマンのワッグル(写真はGolf on CBSツイッターより)

画像C ソール状態(左)からヘッドを持ち上げる(中)→後に動かして前に戻す(右)→ソール状態に戻す、の動作をひたすら繰り返すブライアン・ハーマンのワッグル(写真はGolf on CBSツイッターより)

写真Cの通り、ヘッドを持ち上げる、前後にワッグル、地面に置く、という動作を基本的には十回以上繰り返すわけですが、どうも見ているとその回数は一定ではありません。

さらに実際のスウィングまで見ていくと、ワッグルのリズムと本番スウィングのリズムが同じであることがわかります。

つまりこのワッグルはバックスウィングのみの予行演習ではなく、素振りを小さなモーションで行っているのと同じことになります。もしかするとハーマン選手の中では毎回のワッグルのつど、仮想のボールが飛んで行っているのかも知れません。そうしてイメージ通りのボールが打てると感じたところで本番に移行しているように見えます。

利点としては、本番で突然力む、リズムが変わるといったことがなくなる点にあると思います。素振りはスムースでも本番は全然違うスウィングでミスショットするといったことがアマチュアの場合は多くあると思いますが、十数回素振りをした後の本番であればそこまでテンションが変わる、あるいはそれによってスウィングが乱れるということが減るように思います。

とはいえ今回のように首位のポジションでは、やはり注目を集めてしまいますし、さらには今回に限らずこれまでもきっと「早く打てよ」プレッシャーをかけられ続けてきたのがハーマン選手のゴルフ人生だと思います。見方によっては、ひたすら「めげずに自分の道を往く」スタイルというのも尊敬に値すると思うのです。同伴者でなければ。

アマチュアはセットアップが雑過ぎる

もちろん同調圧力の強い日本社会において、ハーマン選手のようなマイペースを貫くことは難しいでしょう。しかし一方で、多くのアマチュアは本番スウィングまでの作業が雑過ぎることも確かです。他人のアドレスを見て「向いている方向が違うな」、「ダフリそうだな」などと感じたことは誰しも経験があるのではないでしょうか。

スロープレーはもちろん避けたいものですが、例えば二打目の地点に向かうまでにある程度ライの状態を予測しておく、必要な番手を用意する、現場の状態を確認して判断する、目標を正確に定める、出球のイメージを持つ、素振りで最終確認をする、といった手順はさほど時間をかけなくともできるはずです。

それでも結果が伴わないこともあるでしょう。しかし事前の想定をしっかり行っている方が、なぜミスになったかの検証も容易になるでしょうし、もしかしたら気持ちの切り替えも早く済むかもしれません。

「行ってみてなんとなく打つ」のではなく、ショットにいたるまでの「自分のスタイルを持つ」ということも考えてみてはいかがでしょうか。

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