「よい睡眠とは、質より量です」(柳沢先生)
大谷翔平は12時間睡眠で「リカバリー」すると語る。これについて睡眠学者の柳沢正史氏は、
「睡眠は、もとは脳のためのものですけど、体のリカバリーにもつながる。睡眠中は基本的に体を動かさないので体が休まります。しかもレム睡眠中は筋肉の力が100%抜けるようになっているので、本当に筋肉が休まるのです」
レム睡眠、ノンレム睡眠という言葉を聞いたことがある人は多いだろうが、レム睡眠は決して浅い睡眠ではなく、ノンレム睡眠とは性質が異なる睡眠だという。
「ノンレム睡眠にも3段階の深さがありますし、どちらが重要かということではない。両方を十分な睡眠サイクルで繰り返すことが大事です。このサイクルは一人のなかでもすごくゆらぐ。一晩のなかでも1~3時間までばらつきがあります。夜の前半は深いノンレム睡眠が多くてレム睡眠が少ない。
そして、後半になるとノンレム睡眠は量も深さも減っていく。そのぶんレム睡眠が増えていきます。レム睡眠は、若い人は全睡眠時間の20%で年齢とともに減っていく。65歳以上でレム睡眠が少ない人は、平均余命も短く、認知症になる確率が高いということもわかっています」
日本人は世界一睡眠時間が短く、しかも、それは毎年減っているという。睡眠の量が足りない、質が悪いと、病気のリスクが高まり、認知症にもつながると柳沢氏。
では、「よい睡眠」とは何か。柳沢氏は「まずは、質より量です」と言い切る。
「量を確保したうえで、よい睡眠を論じることができる。よくゴールデンタイムなどと言って、最初の90分で深く眠ればいいと言います。深睡眠が最初に多いのは間違いないのですけど、睡眠は深睡眠だけとっていればいいのではなく、すべて大事。夜の後半の浅い睡眠も大事です。だからまずは量を確保する必要があるのです」
十分な睡眠をとることと、睡眠の時間帯が一定なことが大事
必要十分な睡眠時間には個人差があるという。
「多くの人は6~8時間の間。大谷選手の場合は、トップアスリートとして非常に体を使っているので、さらに長くなっていると考えられます。でも、その人にとって十分な睡眠がとれていると、それ以上は眠れません。睡眠は貯金ができない。よく週末に『寝だめ』すると言いますが、これは貯金をしているのではなくそれまでの“睡眠負債”を返している状態です。返さないよりはましですけど、それにより平日と週末で、睡眠の時間帯(何時に寝て何時に起きるかというタイミング)がすごく違ってくると、ソーシャルジェットラグ(社会的時差ぼけ)となって、次の日のパフォーマンスにも影響します」
この睡眠の時間帯に関して、面白い調査があるという。
「大リーグで、西海岸のチームが東海岸で試合をしたときのパフォーマンスはホームより悪いんです。時差が3時間あり、普段より早く起きることになるからです。特に東に移動するほうが体内時計がアジャストしづらい。十分な睡眠をとることと、睡眠の時間帯が一定なことが大事。仮にゴルファーの方を調査したら、同じような結果が出るかもしれませんね」
さらにスポーツと睡眠の関係については、
「確実に眠らないとパフォーマンスが落ちることは明確ですし、逆によく眠るとスポーツの技能が上がっていくということもはっきりしているんです。画像Aの図を見てください。ビデオゲームのようなもので指を動かすことを行ったときのスコアの変化です。練習すればどんどんスコアが上がっていき上手になりますが、1回頭打ちになる。
ただ、そこで一晩眠ると次の朝、スコアがポンと上がります。これは『手続き記憶』といって、スポーツや楽器を演奏する技能は、練習して、眠ると翌日上がることを示しています。また、アメリカに、よい睡眠をとるとバスケットボールの3ポイントシュートの成績がよくなるという論文もあります」
「"寝酒"×」「“エモい”光〇」「エアコン〇」「スマホ△」……
では、よい睡眠をとる方法は?
「睡眠の質をよくするための万人に共通する方法はありません。ただ、これをすれば睡眠が悪くなるということがあるので、それを一つ一つつぶしていく感じですね」
まずは、カフェインやアルコールに関して。
「カフェイン自体は体にいいことが知られており、コーヒーを1日3、4杯飲む人は、飲まない人より健康だという調査もありますが、夕方以降はやめておく。また、私もお酒が好きなので飲むなとは言いませんが(笑)、眠るために飲む"寝酒"はよくない。お酒は睡眠導入効果はありますが睡眠の質はすごく悪くなる。それならば睡眠薬のほうが安全。最新の睡眠薬はとてもよいものがありますから処方してもらったほうがいいです」
次に、家全体の「光」の調整も重要だ。
「強い光で、睡眠ホルモン・メラトニンが抑制され、体内時計が遅れがちになる。覚醒作用もあります。リビングやダイニングの光量を少し薄暗いと感じるくらいに落としましょう。日本人は明るい電気が好き。特に戦前戦後世代は明るいことが豊かな象徴だと思っている感じもあります。でも、高級なホテルやレストランは薄暗いでしょう。本当に豊かなのは“エモい”光です(笑)。目も悪くなりませんよ」
また、寝室は「暗くて静かで朝まで適温」でいこう。
「エアコンは朝までつけたままで。途中で起きないにしても暑苦しさや寒さで確実に睡眠の質が悪くなります。仮に電気代が100円高くなっても、よい睡眠をとったほうがいいのではないでしょうか。また、ベッドの中の“スマホ”は一概にダメとは言えません。映画を観たり音楽を聴くことでその人がリラックスできて眠くなるのだったらいい。もちろん、YouTubeのショート動画などインタラクティブなものを見ると眠くなりませんから要注意。でも、スマホの光は大きくはないので、それよりリビングやダイニングの光を気にしたほうがいいですね」
そして、朝はたっぷり光を浴びて目覚めるのだ。
昼間、眠くなることは「病気」だと柳沢氏。自分の最適な睡眠時間を見つけて改善したい。
「そのために大事なのは自分と相談すること。特に働き世代はほとんどが睡眠不足。起床時刻は同じ方が多いので、月~金まで、それまでより30分早く寝てみる。そのときの昼間のパフォーマンス、眠気や元気さやテンションがどうなるか自問自答して、調子がいいとなると、それまで睡眠が足りなかったということになります。そしてさらに30分早く寝てみる。睡眠が充足してくると目覚まし時計も必要なくなるし、休日も同じ時刻に起きられるようになる。そこまでいくとその人にとって十分な睡眠がとれているんです。
また、客観的な睡眠データを計測することも効果的。誰でもどこでも、睡眠の質も含めた脳波レベルの計測ができる機器を作りました。運動と食と睡眠が健康の3要素ですが、睡眠は自分でわからないからこそ、何らかの方法で計測するといいと思います」
いまだ、解明されていないという睡眠の機能。しかし、まずは自分の寝不足を改善して、健康で有意義なゴルフライフを送るようにしようではないか。
ゴルファーたちの睡眠の悩みを柳沢先生が解決!
Q1:若い頃のように眠れなくなったんです。
A1:床にいる時間は長くても、実質的に眠っている時間は少なくなっているのが事実。夜間に何回か起きるのも正常と言えます。だからそんなに気にする必要はないと思います。
Q2:ラウンドや試合の日だけ早起きすることは睡眠を妨げる?
A2:1時間くらいなら気にする必要はないです。特にそのぶん早く寝るのであればなおよいですね。普段から早寝早起きをするほうがパフォーマンスは上がります。
Q3:プロゴルファーは試合のとき、3時起きもありますが……。
A3:やはり調子は狂うと思います。普段から早寝早起きを心がけて、睡眠の時間帯が大きくズレないようにしたほうがいい。ズレると体の調子が悪くなります。
Q4:都会と地方では睡眠時間は変わりますか?
A4:通勤時間と相関があります。片道1時間延びると平均睡眠時間は1時間減る。居住地が都心からドーナツ状に外へいくほど睡眠時間が少ない。都心の人や地方の人は睡眠時間が多いです。
Q5:日本人は子どもたちも寝不足ですか?
A5:はい。そういうふうに育てています。寝不足が“切れる”などの別の症状につながりますし、睡眠を削ってまで行う勉強は逆効果。成長ホルモンは深いノンレム睡眠のときに分泌されますから、“寝る子は育つ”となるのです。
※週刊ゴルフダイジェスト2023年8月15日号「たっぷり睡眠でパフォーマンスアップ」より