「ゴルフ科学者」ことブライソン・デシャンボーの「教科書」であり、50年以上も前に米国で発表された書物でありながら、現在でも多くのPGAプレーヤー、また指導者に絶大な影響を与え続ける「ザ・ゴルフィングマシーン」。その解釈者でインストラクターでもある大庭可南太がブライソン・デシャンボーのゴルフについて解説する。

みなさんこんにちは。ザ・ゴルフィングマシーン研究家で、ゴルフインストラクターの大庭可南太です。さて先週末にアメリカの名門コースのグリーンブライアーで行われたLIVゴルフで、ブライソン・デシャンボーが最終日ツアー記録タイとなる「58」でラウンドし、久しぶりにメディアの注目を集めました。

画像: 最終ホールでリングパットを決めて「58」のスコアを達成して喜ぶデシャンボー(写真はLIV GOLF公式ホームページより引用)

最終ホールでリングパットを決めて「58」のスコアを達成して喜ぶデシャンボー(写真はLIV GOLF公式ホームページより引用)

今回はそれを記念いたしまして、改めてデシャンボーがどのような選手なのかを振り返ってみたいと思います。

デシャンボーと「ザ・ゴルフィングマシーン」

当コラムを読んでいただいている方はご存知の通り、「ザ・ゴルフィングマシーン」は、ゴルフを物理・幾何学的にとらえ、言い換えれば「どうすれば人間は『ゴルフをする機械』になれるのか」ということを追求した書物です。

そのため発表当初はその独特のスタンスからあまり注目されることはありませんでしたが、当時の有名コーチであったベン・ドイル氏が支持したことで少しずつ信奉者が増えていきました。

デシャンボーの幼少時代からのコーチであるマイク・シャイは、ドイルに師事して「ザ・ゴルフィングマシーン」について学び、デシャンボーに対してもそれに基づいた指導を行ってきました。デシャンボー自身も大学は物理学専攻で、ゴルフを科学的見地から捉えるということに素養があったのでしょう。

画像: 画像B 自身も15歳のころから「ザ・ゴルフィングマシーン」を熟読して、コーチと共に自分のスウィングを作り上げてきたというデシャンボー(https://golf.com/news/bryson-dechambeau-the-golfing-machine-book/)

画像B 自身も15歳のころから「ザ・ゴルフィングマシーン」を熟読して、コーチと共に自分のスウィングを作り上げてきたというデシャンボー(https://golf.com/news/bryson-dechambeau-the-golfing-machine-book/)

デシャンボーは大学在学中に全米大学(NCAA)選手権、全米アマを優勝し、2016年のマスターズではローアマになりました。実は私が「ザ・ゴルフィングマシーン」について知ったのは、その時のネットニュースで紹介されていたことがきっかけなので、現在このようなコラムを書かせていただいているのもデシャンボーのおかげということになります。

デシャンボーのスウィング

では「ザ・ゴルフィングマシーン」を読むとみんながデシャンボーのようなスウィングになるのかというといそういうわけではありません。デシャンボーが「ザ・ゴルフィングマシーン」の記述で特に注目したのは以下の二つだと思われます。

(1) スウィングの幾何学的支点となるのは左肩である
インパクト時の左肩とボールの距離が一定であるほど、インパクトの精度が向上するとしています。

(2) プレーンシフトが少ないほど精度は向上する
コック、アンコック、また左右の腕のグリップに対する距離から発生する、スウィング中のプレーンのシフトが発生することはある程度やむを得ないが、理論上発生しない方がインパクトの精度は向上する。

この二つから、極力アンコックした状態で、つまり左腕とクラブが一直線になるようにクラブを握り、かつスウィング中にそのプレーン上でクラブを動かし続けるという現在のスタイルになったと思われます。

画像: 画像C デシャンボーのアイアンショット。かなりコック量を減らしてハンドアップ気味に構え、終始そのプレーン上でクラブを動かそうとしている(写真:姉崎正)

画像C デシャンボーのアイアンショット。かなりコック量を減らしてハンドアップ気味に構え、終始そのプレーン上でクラブを動かそうとしている(写真:姉崎正)

しかしこの方法でも、クラブの長さが変わってしまうとプレーンの傾きは変わってしまうため、できるだけプレーンの種類を減らすためにアイアンの長さを全番手同じ長さに統一することもしました。

ちなみに初期にデシャンボーのシングルレングスアイアンを制作していたデイビッド・イーデルは、自身も元ツアープレーヤーであり、ベン・ドイルに師事していました。つまりマイク・シャイとも兄弟弟子であり、みな「ザ・ゴルフィングマシーン」のファミリーだったと言えます。

今回の記録を支えた「アームロック式パッティング」

その後の肉体改造による飛距離アップや、2020年の全米オープン優勝については記憶の新しいところですが、今回のLIVゴルフの映像を見ていると、一時期よりずいぶんとシェイプアップしたように思えます。

もともとのスウィングは正確性を重視したものであり、またそれにパワーが加わったことで高いレベルの成績をマークしていましたが、体を絞った今大会でも216ヤードのパー3を9番アイアンでベタピンにつけたり、ドライバーもドラコン用メーカーものでキャリー330yくらいぶっ飛ばしたりと、飛距離は健在です。

画像: 画像D LIVゴルフ移籍後、クラブ契約フリーとなった現在、デシャンボーが使用しているドライバーはKRANK社、アイアンはピンのi230を改造したものと言われている(写真 LIV GOLF公式)

画像D LIVゴルフ移籍後、クラブ契約フリーとなった現在、デシャンボーが使用しているドライバーはKRANK社、アイアンはピンのi230を改造したものと言われている(写真 LIV GOLF公式)

しかし「58」という今回のスコア(パー70で13バーディ1ボギー)は、どう考えてもパットが入りまくらなければ達成できる数字ではありません。そこでデシャンボーがどのようなスタイルでパッティングを行っているのかを見てみます。

画像: 画像E 長尺パターのグリップエンドを左腕に押しつけた状態で持ち、左腕とパターを一体化させ、左肩から吊した「合法アンカリング」でパットをするデシャンボー(写真LIV GOLF公式映像から抜粋)

画像E 長尺パターのグリップエンドを左腕に押しつけた状態で持ち、左腕とパターを一体化させ、左肩から吊した「合法アンカリング」でパットをするデシャンボー(写真LIV GOLF公式映像から抜粋)

まずグリップの長い長尺パターを左手で持ち、そのグリップエンドを左ひじの下に押しつけています。このようにすることで左腕とパターが一直線の「棒」のような状態になります。そしてその「棒」を左肩からほぼ垂直にぶら下げるようにして構えています。

こうすることで左肩からいわゆる「アンカリング」をしているような状態になり、それを前後に動かしてパットすれば必ず安定したインパクトを迎えられるというシステムです。要はショットとほぼ変わらない考え方でパットも行っていることになります。

実はデシャンボーのパッティングスタイルは、ここに行き着くまでにかなり変遷をしており、一時期はサイドサドル方式なども試していました。しかしショットと同じシステムのパッティングスタイルにしたことで、成績も安定して向上してきたように思います。

そもそも「正確性」に長けたスウィングシステムで、「卓越した飛距離」を獲得した上に、「パッティング」が向上すれば、それはまぁすごいスコアが出てしまうこともあるでしょう。

LIVゴルフ勢のワールドランキング、そしてライダーカップ

そんなデシャンボーですが、LIVゴルフでの成績は現在ワールドランキングのポイント対象外ですので、昨年までの成績とメジャー大会の成績のみの集計となり、今週時点のワールドランキングは109位となっています。

そして困ったことに(?)、今年はゴルフ界の一大イベントでもあるライダーカップ(ヨーロッパ対アメリカの団体戦)が行われます。アメリカ代表チームにLIVゴルフ勢を選出するのかが注目されていますが、メジャー大会で成績を残してランキング上位にいるブルックス・ケプカは選出されるとしても、デシャンボーを選出するかはかなりの議論を呼ぶところです。

未だ先の見えないPGAツアーとLIVゴルフの統合というただでさえ混乱している状況に、今回のデシャンボーのビッグスコアで新たな火ダネが投下されることになってしまいました。このあたり実に余計というか、なにもこのタイミングでというか、いかにもデシャンボーらしいと思うわけです。

当事者の皆さんはたまったものではないでしょうが、いろいろ大騒ぎをしたのちにゴルフ界が明るい未来に向かっていってくれることを期待したいと思います。

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