「ゴルフ科学者」ことブライソン・デシャンボーの「教科書」であり、50年以上も前に米国で発表された書物でありながら、現在でも多くのPGAプレーヤー、また指導者に絶大な影響を与え続ける「ザ・ゴルフィングマシーン」。その解釈者でインストラクターでもある大庭可南太が、ゴルフスウィングを理解する上で重要な「物理学」について解説する。

みなさんこんにちは。ザ・ゴルフィングマシーン研究家で、ゴルフインストラクターの大庭可南太です。さて米PGAツアーではツアー最終戦を終了して束の間のオフシーズンを迎えておりますが、日本では未だ猛暑日が続いており、これを過ぎればやっと快適にプレーができるハイシーズンに突入です。

今回はラウンド回数も増えそうな時期に向けて、スウィング中に起きている「物理」の話をしたいと思います。まず基礎編として「重力」がゴルフスウィングでどのような役割を果たしているかについてです。

慣性と質量

ではさっそく問題です。以下の図のように、通常のゴルフボールと、鉄でできた重いゴルフボールがあるとします。全く同じパターで、同じように打撃した場合、遠くまで転がるのはどちらでしょうか?

画像: 画像A 通常のゴルフボール(約47g)に対して、鉄のボールが仮に500gだとすると、当然重いボールの方が転がる距離は短くなる

画像A 通常のゴルフボール(約47g)に対して、鉄のボールが仮に500gだとすると、当然重いボールの方が転がる距離は短くなる

これはもう当たり前ですが、通常のボールの方が遠くまで転がります。物質は外部からの作用が加わらない限り、その場に留まろうとします(慣性の法則)が、その慣性は物質の質量が大きいほど強くなります。それに対してパター側のエネルギーは、パターヘッドの重量、ヘッドスピードとも同じであれば、同じ運動エネルギーが投入されることになります。

よって慣性の少ない通常のボールの方が遠くまで転がります。つまり「重い物体の方が、動かすのに大きなチカラが必要になる」と言えます。

重力の不思議

ではこの二つのボールを、同じ高さから落とすと、どちらが先に地面に到達するでしょうか?

画像: 画像B かつてガリレオが「ピサの斜塔」で実験したとされる落下速度の実験。空気抵抗を無視すれば、落下の速度は物体の質量に関係なく一定である

画像B かつてガリレオが「ピサの斜塔」で実験したとされる落下速度の実験。空気抵抗を無視すれば、落下の速度は物体の質量に関係なく一定である

これはご存知の方も多いと思いますが、落ちる速度は同じになります。ただ先ほどの「重い物体の方が動かすのに大きな力が必要」という法則と矛盾する気がします。

どうやら「あらゆる物体は結局粒子でできていて、重力はその粒子のそれぞれを引きつけている。物質の質量は、単に粒子の密度で決まっているのでそこに働く加速度は変わらない」という説明がなされていますが、まあその、とにかく「物体の落下速度は重さに関わらず一定」と言えます。

振り子の等時性

では今度は物体に棒(レバー)を付けて、振り子運動をさせてみたらどうなるでしょう。ゴルフに近づけるために、Aの振り子は45インチのシャフトに鉄の塊の2kgのヘッド、Bは45インチのシャフトに200gの通常のヘッド、Cは通常の200gのヘッドに30インチのシャフトを付けているとします。シャフトの重量は同じとします。

このとき、振り子が行って、戻る、振動のテンポが一番早いのはどの組合せでしょう。

画像: 画像C AとBではヘッドの重量が異なるが、自由落下と同じく、落下によって得られる速度は同じであるため、全く同じ動きになる。Cはシャフトが短い(移動距離が短い)ため、振動のテンポが早くなる

画像C AとBではヘッドの重量が異なるが、自由落下と同じく、落下によって得られる速度は同じであるため、全く同じ動きになる。Cはシャフトが短い(移動距離が短い)ため、振動のテンポが早くなる

このとき、ヘッドの重量に関係なく、振り子のテンポはシャフトの長さで決まることになります。これを「振り子の等時性」と言います。

つまり重力による振り子運動である限り、ヘッドが重くても軽くても、得られるヘッドスピードは同じ(シャフトの長さで決まる)ということになります。ちなみにシャフトが短いとスウィングのテンポは早くなりますが、半径が短くなるぶんヘッドの最大速度は小さくなります。

ここから「ヘッドを重くしてもヘッドスピードが変わらないってことは、メチャクチャ重いヘッドを付けたほうが飛ぶ?」と思った方は鋭いのですが、実際のゴルフスウィングは重力のみによる運動ではなく、そこに人為的な作用をかけるためにちょっと話は変わってきます。

実際には「重くなるほど大きな力が必要」という法則の影響を受けるため、同じパワーでスウィングをする場合、クラブヘッドを重くするほどヘッドスピードは下がってしまうので、得られる運動エネルギーはこれらの相殺関係でほぼ一定になります。

過去に行われた実験では、ヘッド重量が140gから340gの間では、軽いほどヘッドスピードが上がり、重いほど下がるという効果の結果、最終的な飛距離は変わらないという結果がでています。

極論を言えば350gのドライバーヘッド(通常の約1.5倍)であっても飛距離は大して変わらないということになりますが、クラブ間の振り心地を揃えるには、長いほど軽く、短いほど重くするといったことが必要になりますので、一番軽いドライバーでヘッド重量200g程度、そこから一番重いウェッジでヘッド重量300g程度という、重量をフローさせた設計に落ち着くわけです。

二重振り子

そこで最も賢くヘッドスピードを上げるにはどうすれば良いかというと、シャフトを短くしておいて振り子のテンポを上げておいて、インパクトの時だけシャフトが長くなればいいわけです。

具体的にはシャフトの中間部が折れ曲がるようにしておいて、振り子の落下途中で一直線になるようにすればいいことになります。

画像: 画像D ダウンスウィング初期では折れ曲がった状態にすることで振り子の半径を小さくできる(テンポが上がる)。インパクト時点で下方のレバーが上方のレバーに追いつけば、半径が増大することでヘッドスピードを上げることができる

画像D ダウンスウィング初期では折れ曲がった状態にすることで振り子の半径を小さくできる(テンポが上がる)。インパクト時点で下方のレバーが上方のレバーに追いつけば、半径が増大することでヘッドスピードを上げることができる

ではこれらの物理現象を、ゴルファーが実際にどのように活用しているのかを見てみます。

マキロイのスウィング

ここでローリー・マキロイのスウィングを見てみます。

画像: 画像E バックスウィング初期ではコックを抑えて大きな半径でスウィングを開始、トップ付近でコックを入れることでダウンスウィング初期のスピードを稼ぎ、インパクトに向けてリリースを行うことで半径を増大させている(写真は2023年の全英オープン 写真/姉崎正)

画像E バックスウィング初期ではコックを抑えて大きな半径でスウィングを開始、トップ付近でコックを入れることでダウンスウィング初期のスピードを稼ぎ、インパクトに向けてリリースを行うことで半径を増大させている(写真は2023年の全英オープン 写真/姉崎正)

まず飛距離の出る選手に多い特徴として、バックスウィング初期のコックが少ないことが上げられます。これによって振り子の半径が増大するため、必要とするエネルギー量が大きくなることで体幹の捻転を多く使わなくてはなりません。その結果バックスウィングに向けてのエネルギーを確保できることになります。

ついでダウンスウィングに向けてコックを入れることで、振り子の半径が小さくなるため回転のスピードを上げることができます。

そしてインパクト付近ではコックがリリースされて元の半径に戻ってくることで、一本の棒の振り子に比べて最終的なヘッドスピードを上げることができます。言い方は良くないかもしれませんが、上級者ほど「ずる賢く」ヘッドスピードを上げているわけです。

今回はあくまで「重力」を視点としており、ゴルフスウィングにおける物理の側面の一つに過ぎません。

しかしこうした物理論を理解した方が、特に大人になってからゴルフを始めた方々にとっては有益な場合もありますので、もしかしたら続編があるかもしれません。

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