「ゴルフ科学者」ことブライソン・デシャンボーの「教科書」であり、50年以上も前に米国で発表された書物でありながら、現在でも多くのPGAプレーヤー、また指導者に絶大な影響を与え続ける「ザ・ゴルフィングマシーン」。その解釈者でインストラクターでもある大庭可南太が、ヘッドスピード向上における重要な概念である「角運動」について解説する。

みなさんこんにちは。ザ・ゴルフィングマシーン研究家で、ゴルフインストラクターの大庭可南太です。今回は飛距離アップを試みる上で重要な概念である「角運動」というワードについての解説です。

「角運動」ってなぁに?

今回のテーマは、フィジカル的な要素、例えば筋力や柔軟性などを変化させずにいかに飛距離を伸ばすかというお話です。

まず飛距離を伸ばすとは、ヘッドスピードを上げるということと同義です。しばしば「ヘッドスピードはそのままでもミート率を上げて飛ばす」といった記事を見かけたりしますが、理論上は飛距離の最大値はヘッドスピードで決まります。

そこで重要になるのが「角運動」という概念です。ネットでこのワードについて調べるとかなり難解な説明や数式が出てきますが、おおざっぱに言えば回転運動をしている物体の、回転の速さを表す概念です。

例えば時計の秒針は、1分間に360°回転しますが、つまり1分間に1回転なので、この時の角運動量は1rpm(Round Per Minute)になります。最近は見かけなくなりましたが、クルマのタコメーターもエンジンの回転数を表す指標でこの角運動量を使用しています。アイドリング中のクルマのエンジンの回転数は、だいたい800rpm(1分間に千回転)くらいです。

これが単純な速度と異なるのは、例えば直径3cmの腕時計の秒針も、壁にかけてある直径30cmの時計の秒針も、角運動量はともに1rpmですが、壁掛け時計のほうが10倍大きいので、先端の時間当たりの移動距離は10倍、つまり速度は10倍速くなります。

画像: 画像A 大きい時計も小さい時計も、秒針の角運動量は同じ1rpmである。しかし大きい時計のほうが先端の時間当たりの移動距離(速度)は大きくなる

画像A 大きい時計も小さい時計も、秒針の角運動量は同じ1rpmである。しかし大きい時計のほうが先端の時間当たりの移動距離(速度)は大きくなる

まず重要なことは、「角運動量が同じでも、半径が大きくなると先端の速度は上がる」ということです。

中心から離れるほど大きなチカラが必要

「角運動」の次の特徴として、回転の中心から離れるほど、同じ角運動量を確保するのに大きなチカラが必要という点です。

例えば45インチで200gのヘッドが付いたドライバーと、35インチで同じ200gのヘッドを付けたドライバーでは、同じテンポでスウィングした場合、45インチのドライバーを振るほうが大きな労力が必要になるということです。簡単にいえば「長いほど重く感じる」ということになります。

そのためゴルフクラブは長くなるほどヘッドは軽くなるように設計されています。

画像: 画像B 長いクラブと短いクラブでは、ヘッドの重量が同じであれば短いクラブのほうが速いテンポで振れる。同様にコックを入れることでクラブを振るテンポを速くすることができる

画像B 長いクラブと短いクラブでは、ヘッドの重量が同じであれば短いクラブのほうが速いテンポで振れる。同様にコックを入れることでクラブを振るテンポを速くすることができる

このことから、両腕で持ったクラブをスウィングする際、コックを入れた状態のほうがスウィングの半径が短くなるため速いテンポで振れる(角運動量を稼げる)ということになります。

運動量の伝達

ところがコックを入れたままの状態では半径が小さい状態なので、ボールに届きません。したがって、どこかのタイミングでコックがほどけてアドレス時点の半径が復活しなければなりません。これを遠心力、その他の活用で「二重振り子」として達成しているのがゴルフスウィングです。

具体的にはまずダウンスウィングの初期に、上方のレバーである「腕」がコックされた状態の手首とともに全体を加速(角運動量を増大)させ、一定の速度に達してクラブヘッドに遠心力が加わることで外側に持ち出されるタイミングが訪れます。

これが重要なのですが、このときに上方のレバーの「腕」が「減速」することで、クラブが「加速」されていきます。つまり「腕」がずっと速い状態であってはなりません。それでは「クラブ」はいつまでも速くならないのです。

画像: 画像C インパクトに向けてのリリース(クラブの加速)が始まる段階と、インパクトの状態の比較。クラブヘッドが大きく移動しているのに対し、両手や他の部位はあまり動いていないことがわかる(写真はビクトル・ホブラン 写真/中村修)

画像C インパクトに向けてのリリース(クラブの加速)が始まる段階と、インパクトの状態の比較。クラブヘッドが大きく移動しているのに対し、両手や他の部位はあまり動いていないことがわかる(写真はビクトル・ホブラン 写真/中村修)

これが二重振り子モデルにおける運動量の伝達であり、腕とクラブを真っ直ぐに持った「単純な振り子」の状態よりも先端を速くできる原理です。

運動のシーケンス(順番)

この腕とクラブの「二重振り子」構造を角運動量で説明すれば、まずクラブを持った腕が先行して加速して、つまり腕とクラブの角運動量が一緒に増加し、あるタイミングで腕の角運動量だけが減少に転じ、同時にクラブの角運動量が増加するということが起きていることになります。

この角運動量のピークタイミングのズレ、あるいは順番のことを「シーケンス」と呼びます。ヘッドスピードを最大化するには、このシーケンスをうまく構築できるかが重要なのです。

いわゆるアーリーリリースといった現象では、ダウンスウィングの早期にコックがほどけることで、腕とクラブの角運動量が同じになってしまう、また半径が増大するためにヘッドを動かす効率が低下するといったことで、ヘッドスピードを上げられない状態を作ってしまっていることになります。

ところで、ここまでは腕とクラブの二つの部位のシーケンスについて説明をしてきましたが、ゴルフスウィングは全身運動ですので、当然下半身や体幹のパワーもスウィングに貢献しているはずです。

腕を下ろすためには肩や上半身が貢献し、肩や上半身を動かすために下半身の筋力を活用するということが起きているはずです。これをそれぞれの部位の「角運動量」ベースで見ていくと、やはりそこにも「シーケンス」が存在していることが望ましいわけです。

つまり、まず下半身の角運動量が増大し、それが減少に転じるタイミングで上半身や肩の角運動量が増大、そしてそれらが減少に転じる際に腕の角運動量が最大に、さらにその運動量が減少することでクラブ、ひいてはヘッドスピードが最大になるというシーケンスが理想的と言えます。

画像: 画像D シーケンスの最適化を説明しているモデル。全てのバネが同時に動くよりも、下から順番にバネが収縮したほうがクラブのスピードを最大化できる(Search for the Perfect Swing より抜粋)

画像D シーケンスの最適化を説明しているモデル。全てのバネが同時に動くよりも、下から順番にバネが収縮したほうがクラブのスピードを最大化できる(Search for the Perfect Swing より抜粋)

つまり究極的には、インパクトにかけてはクラブ(ヘッド)のみに全てのエネルギーが伝達されて、他の部位は止まってしまっているくらいが一番効率の良いスウィングということになります。そして写真Cのように、プロのスウィングを見ると実際にそうなっています。

「まわして打つ」は感覚論

しばしば「トップの形をそのままに、手でクラブを下ろさずに体をまわして振り切る」というレッスンがありますが、「シーケンス」の概念からすればそんなわけはありません。

またそのように言っているプロが実際に打つところを見てみると、インパクトではしっかりヘッドが加速して身体を追い越していきます(プロなんで当たり前ですが)。

おそらく「しっかりフィニッシュまで体を動かして振り切る」というのは、その本人の「感覚」としてはそうなのだと思いますし、子供の頃から人一倍「飛ばしたい、ヘッドスピードを上げたい」と思って練習してきた結果の「意識」としては正しいのかもしれません。

ただ私個人としては、特に大人になってからゴルフを始める場合には、ヘッドスピードを上げたいならば、まず腕とクラブの「シーケンス」を構築することのほうが重要ではないかと考えています。具体的には下半身の可動域を極力使わず、腕を単体で振ることでヘッドスピードを上げる練習がまず重要ではないかと思います。

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