大学時代には水上スキーで日本一にもなった逸材
毎日放送(MBS)では今年から、プロゴルフのツアー放送で「コースサイドリポーター」を設置。
選手のプレーだけではなく、背景、プライベート、周囲の話などを視聴者に伝えることで、プロゴルファーやゴルフにより親しんでほしいという狙いがある。
抜擢されたのは、入社2年目の海渡未来アナ。中高時代は創作ダンス、大学時代には水上スキーで日本一にもなったスポーツウーマンだ。
「でも、私が今までやってきたのはマイナースポーツばかり。ずっと女子校でしたし、両親も妹もスポーツが好きなタイプではなく、野球やサッカーのルールもまったく知らなくて。野球が1チーム9人でやるのも知らない状態で入社したんです。でも今年の3月、春のセンバツ高校野球で初めてスポーツのお仕事をして。必死にいろいろ覚えて、やっぱり、自分がスポーツをしていたからすごく感情移入できるし、自然と言葉もスラスラ出てくるように感じました。そこからスポーツ中心に仕事をしたいと上司にお願いしたんです。ゴルフは、昔から父がしていて、ゴルフ中継だけはいつも観ていましたから馴染みはありました」
考えてみれば、女性アナウンサーがゴルフの実況中継をしている姿はほとんど見たことがないのではないか。
MBSとしては将来的に、海渡をラウンドリポーターもできるアナウンサーに育てたい意向がある。
海渡の初めてのゴルフ選手へのインタビューは蟬川泰果
今年、MBSが放映するトーナメントは4つ。パナソニックオープン(小野東洋GC・兵庫)、NOBUTA GROUPマスターズGCレディース(マスターズGC・兵庫)、TOTOジャパンクラシック(太平C美野里C・茨城)、ダンロップフェニックス(フェニックスCC・宮崎)だ。
リポーターの仕事は事前取材から始まる。海渡の初めてのゴルフ選手へのインタビューは蟬川泰果。蟬川の地元兵庫の練習場で話を聞いた。
「好きなラッパー(レックス)が同じで、そこから話が盛り上がりました。すごく気さくで、『最近下半身を鍛えすぎて、ピチピチのズボンをはきたいけど筋肉が目立って嫌だ』なんておちゃめな話もしてくれて……」
試合会場入りしてからも、今活躍する若手世代中心に話を聞いた。
「私と同年代の選手がどんどん伸びているなかでちょうど携われたのはよかったです。蟬川選手も中島啓太選手も平田憲聖選手も1つ年下。インタビューしても楽しいし、親近感も湧きます。1つ年上の金谷拓実選手はとてもまじめな方だと思いました。でも皆さん、実際コースでプレーを見たら、こんなに力強いんだ、インタビューのときとはまた違う真剣な表情をするんだと思いました」
"リポーターの先輩"佐藤信人プロからアドバイス
この素直な感情こそ、視聴者の共感を呼ぶのだろう。しかし、パナソニックオープンの本番は、とにかく緊張したという。
最初は屋外からの放送での音量がつかめず、「声が大きすぎる、抑えめに」と注意されもした。
「すべてが勉強。先輩方が手取り足取り教えてくれます」
別の放送で来ていたプロゴルファーで"リポーターの先輩"佐藤信人から
「力が入りすぎないように、寝起きのリポートをするくらい声が小さくても大丈夫。風下を意識して立つといいですよ」
とアドバイスをもらったりもした。
そして海渡は、男子選手のプレーの迫力に驚いたという。
「まず“音”にびっくり。こんなにすごいのかと。飛距離が想像以上で、なかなかボールが追えません。でもファンの方は、打った直後に『ああ~』『おお!』と、結果がわかるんですよね」
また、事前取材で、選手の家族に話を聞き、
「母を思い出しました。東京から出てきて大阪で1人暮らしを始めた私の部屋を片付けに来てくれたりするんです。同年代の選手のご両親に話を聞くと、子ども側の目線になってしまう。『ああ、そう言われると反抗したくなっちゃうんですよ』なんて(笑)」
こういう目線も自分の武器にしていくつもりだ。
「100日で100切り」にも挑戦
実は海渡は、『100 日で100切り』企画を並行して行っている(YouTubeで見ることができる)。
「ラウンドリポーターをする人が100を切れていないと説得力に欠けるということから始まりました。ダンロップフェニックスまでに私自身が100を切るという企画です。子どもの頃は、父が部屋でパター練習をしているのを見たり、それで遊んだりもしていましたし、父からいつかゴルフを絶対に始めてほしい、一緒に回りたいと言われていましたから、企画で教えてもらえるのはラッキーだと思いましたね」
コーチは、海渡の1つ年上のプロゴルファー、新真菜弥。兵庫県でレッスン活動をしている。2週間に1度くらいしか直接指導は受けられないが、毎日家で行う練習法を与えられた。
「最初は毎日10分間タオルを振るところからです。あとは携帯を使ってアドレスの角度などを確認する練習。初めてボールを打ったときは、思ったよりクラブが重くて振り回されました。でも、当たると、『すごく気持ちいい!』となりました」
稲見萌寧の優勝インタビューでもらい泣き
多忙な日々のなか、ゴルフをする時間を作るのはなかなか難しいけれど、打ちっ放しで200球打ち込んだりして、だんだん真っすぐ飛ぶようになってきた。
「でも、初めてショートコースでプレーしたら全部右に行くんです。緊張して力が入って、体の向きも違うし、これは長い道のりだぞ、と思いました。それに空振りが1打になることや、バンカーを打つ前にクラブで砂に触ってはいけないこと、砂の均し方など、ルールやマナーも教わりながら回りましたね。でも、ゴルフが“狙う”スポーツだということが理解できたのはよかった。パッティングも初めてでしたけど、意外と上手くいった。子どもの頃の遊びが若干役立ったのでしょうか」
まさに、初心者ゴルファーの体験談。これもきっとレポートに生きていくはずだ。
女子ツアーのマスターズGCレディースでも、優勝した菅沼菜々はじめ、同世代の選手に取材することが多く、自分と重ね合わせて話をすることができたという。
「女子のプレーには、“あそこに打ちたい”という戦略が見えて面白かったですね。選手でいうと、イ・ボミさんは本当に優しかった。1つの質問に対して、プラスアルファのチャーミングな話を必ずしてくれて。初めてお会いしましたが、一気にファンになってしまいました。
また、TOTOでは、米ツアーの選手を見て、飛距離も違うし、日本選手が『学ぶことだらけです』と言う意味がわかりました。畑岡奈紗さんはショットの勢いがすごく、アメリカで活躍できる理由がわかった気がします。でも地元出身なので必ず食べるラーメン屋さんを教えてもらい、私も食べました。『がんこや かるがんラーメン』の“岩のりラーメン”。すごく美味しかったです(笑)。
優勝した稲見萌寧さんは、優勝インタビューでマイクを向けた瞬間泣き始めて……いろいろな苦労があったんだろうなと。もらい泣きしてしまいました。本当はダメなんですけれど」
3つのツアーが終わり、情報の集め方、取材の仕方には少しずつ慣れてきた。
「伝え方は模索中です。このタイミングで、この選手のこの情報を入れていきたいとか、17番、18番は優勝争いで緊迫感があるなかですから、試合の情報にリンクするゴルフへの思いや家族の思いなどを入れたい、などと考えています。それに、私もスポーツをしていたので、緊張感の克服法などメンタル面は気になりますし、伝えたいですね」
情報や思いを自分の言葉に乗せて、視聴者に伝えていく。
もっと先の目標は、実況中継
さて、自身のゴルフの進捗具合はどうか。
「初めて実際のコースに立ったのがパナソニックオープンでの仕事で、コースって広いし開放感がある、ものすごく気持ちいいと感じました。私も早くラウンドしたいと思えたんです。でも先日、初めてハーフラウンドをして83でした。やっぱりコースに出ると、いろいろなところに飛んでいく。芝で打つと全然違うんですよ。パッティングもすべて5パットくらいしました……練習不足です。
でも、めちゃくちゃ楽しかった。クラブを何本も持ってずっと走っていましたけれど。もっと皆さん優雅にやっているのかと思ったら違いました。私がリポートしながら見ているプロは、上手いからゆったりしているのは当然ですよね(笑)」
女子プロをインタビューしていて気付いたこともある。
「皆さん左肩にファンデーションがついていて、何でだろうと思って先輩に聞いたら、『テークバックであごが肩につくくらい体をひねっているからだよ』と教えてもらいました。それ以降は、自分でもすごく意識しています」
こうしてゴルフの面白さや難しさ、魅力を心身で感じて、多くの人に伝えていくのだろう。
100切りへの挑戦は、「ダンロップフェニックス」が終えたころには、ひとまず結果が出ているはずだ。
「とにかく真っすぐ、もったいないプレーはしないように。焦らず、楽しむ余裕を持って回りたいです。でもゴルフはずっと続けたい。父とも回れるようになりたいですし、私が始めたから、昔ゴルフしていた母も、高3の妹も、始めようかと言っています。家族全員でできるようになるのかなと思います」
リポーターとしての挑戦も、もちろん続く。
「今後、ラウンドリポートもできるようになりたいですし、もっと先の目標は、実況中継。落ち着いたトーンでできるんじゃないかとひそかに思っています」
今後の、新人アナの挑戦にもひそかに注目したい。(文中敬称略)
PHOTO/ Hiroaki Arihara、Tadashi Anezaki、Shinji Osawa
※週刊ゴルフダイジェスト2023年11月28日号「新人女子アナから皆さんへ 海渡未来」より