ツアー解説でおなじみの佐藤信人プロ。今回は23年、ABEMAツアーで2勝を挙げ賞金王に輝いた生源寺龍憲選手について語ってもらった。
画像: 「その名前(生源寺龍憲)の衝撃と、『いい球を打つなあ』が第一印象。体が小さくても"分厚いインパクト"の選手は多いですが、そのひとり。世界ではリー・ウエストハイゼン、日本では伊澤利光、田中秀道、比嘉一貴といったタイプの選手です」(佐藤)

「その名前(生源寺龍憲)の衝撃と、『いい球を打つなあ』が第一印象。体が小さくても"分厚いインパクト"の選手は多いですが、そのひとり。世界ではリー・ウエストハイゼン、日本では伊澤利光、田中秀道、比嘉一貴といったタイプの選手です」(佐藤)

予選落ち後の7試合で優勝2回、7連続トップテンキープ!

24年シーズンに初優勝が期待されるひとりが、生源寺龍憲選手です。まずはその名前の画数の多さに驚き、「学生時代、テストのときは名前を書くだけでも大変だったでしょ?」が、ボクが彼と最初に交わした会話でした(笑)。

驚きはその他にもあります。23シーズン、ABEMAツアーで2勝を挙げ賞金王に輝きます。獲得賞金約1125万円は、20〜21年シーズンの久常涼選手を超え、同ツアーの歴代最高額となりました。

実は驚きは、この数字ではありません。同ツアーの第3戦、5月の福井で、初日トップから予選落ちをしました。こういう体験は結構、メンタルを壊されるもの。実はボクも97年のフィリップモリス(現在のマイナビABCの前身)で、同じような経験をしました。

その大会は、初日の成績によって2日目の組み合わせが決まるというシステム。初日、首位と1打差の4位タイだったボクは、確か最終組の1組前で回り、当然、優勝を狙える位置だったのですが、前半の6ホールで4ボギー、2ダブルボギーの8オーバー。結局、6ボギー、4ダブルボギーの83を叩いてコースを後にしました。ショックに恥ずかしさが加わり……。こればかりは味わった者でないとわからない感情です。ボクの場合、しばらく立ち直れなかったものです。

ところが生源寺くんの場合、その予選落ちの後の成績が2位、10位、優勝、優勝、3位、4位、そして最終戦では優勝争いを演じて1打差の2位。何と7試合でベスト10フィニッシュを果たしているのです。

ABEMAツアーとはいえ、ボクが驚かされるのはこのメンタルの強さ。レギュラーツアーでも出場13試合で賞金獲得額71位と、こちらも賞金シードにあと一歩のところまで迫りました。

98年5月生まれの25歳で、渋野日向子選手とは作陽高校時代の同級生。この年代は金谷拓実、桂川有人、清水大成、木村太一、小斉平優和……と、ジュニア時代から名を轟かせたそうそうたるメンバーがそろっています。

そのなかで生源寺は無名の選手。高校まではプロを目指していたわけではなく、作陽高校でも進学コースで同志社大学に進んでいます。ゴルフ界では、ジュニア時代の戦績による勢力図が、そのままプロの世界でも続きがち。もちろんアマチュア時代に天才ともてはやされた選手が消えていくことはあるのですが、その逆のパターン、つまり無名の選手がのし上がってくる例は、そうそうあるものではありません。

実際、彼が初優勝したとき、JGAの公式サイトで調べても日本ジュニアなどの主要な大会への出場記録はなく、大学3年あたりから力を付けてきたような戦績が残っています。無名だった選手がここに来て確実に強くなっているのは3番目の驚きだし、またとても楽しい気分にさせてくれます。

歯切れのよいスウィングとメンタルの強さで、24年シーズン、さらにこの名前を皆さんが目にすることが増えるのではないでしょうか。

PHOTO/Hiroaki Arihara

※週刊ゴルフダイジェスト2024年1月9&16日号「うの目 たかの目 さとうの目」より

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