地域貢献の一環として保育園児にコースの一部を開放しているのは、岐阜県関市にある岐阜関CCだ。
画像: 岐阜関CC(写真は東コースの16番)

岐阜関CC(写真は東コースの16番)

同CCは休場日に市内の全保育園18園から年長の園児400人を呼んで、緑色に芽吹いてきたコースを自由に遊び回ってもらった。開放したのは西コース14番と18番ホール。園児たちは段ボールで作ったソリを持ち込み、傾斜のある芝生を滑り、バンカーでは砂遊びに夢中になっていた。

裸足で高低差のあるバンカーへ飛び降りたり、砂場のように砂遊びを楽しんだりしていた。

「24年前、最初は近くの保育所だけ声を掛けていたのですが、そのうち関市が運営することになり、今に至っています」(同CC支配人、高橋幸夫氏)

ある園長は、「ゴルフ場の芝生は転んでも怪我する心配はないし、バンカーの砂もサラサラで安心して遊ばせられる」と目を細めていた。

かつて倉本昌弘が自分の体験を振り返り、「子どもの頃、芝生を裸足で走り回った感触は大人になっても忘れないので、ゴルフをやるきっかけになる」と話していたのを思い出す。

同CCの歴史を振り返ってみよう。

開場は1966年、最初の名称は関CCで、2年後に現在の名前となった。設計は名匠・上田治。18ホール(東コース)で総ヤーデージ7180ヤード、コースレート74.5は当時、難コースとして話題になった。71年に18ホール(西コース)増設。東がチャンピオンコースなら、西は楽しく回れることがコンセプトだった。06年には東コースを2年間クローズして川田太三氏が1グリーンに改修し、現在に至っている。

73年日本プロをはじめ、メジャーも多く開催している90年日本女子オープンでは同CCで育った森口祐子が勝利(師匠の井上清次は今年、日本プロ殿堂入り)。09年日本女子プロ、17年には日本オープンを開催した。

名実ともに岐阜県のゴルフ界をけん引する同CCは、来年もまた保育園児に開放する予定だという。

※週刊ゴルフダイジェスト2024年5月7&14日合併号「バック9」より

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