試合会場でプロの要望を聞いてクラブの調整などを行うメーカーの用具担当者を“ツアーレップ”と呼ぶ。“ツアーレップ”とは「Tour Representative」の略で、ツアー会場でメーカーを代表(Representative)する存在だからだ。では具体的にどんなことをしているのか? 「週刊ゴルフダイジェスト」の2024年5月7日&14日合併号では、3人のツアーレップに話を聞いている。「みんゴル」ではそのなかの1人、松山英樹のクラブをサポートする宮野敏一(ダンロップスポーツアメリカ)さんの話を紹介しよう。
画像: 松山英樹だけやブルックス・ケプカらをサポートするダンロップ スポーツ アメリカの駐米ツアーレップ、宮野敏一氏。毎週アメリカ大陸を大移動し、試合会場で忙しくゴルフクラブをチューニング

松山英樹だけやブルックス・ケプカらをサポートするダンロップ スポーツ アメリカの駐米ツアーレップ、宮野敏一氏。毎週アメリカ大陸を大移動し、試合会場で忙しくゴルフクラブをチューニング

本当はプロキャディになる予定だった

「実は大学を出たらキャディになろうと思ってたんです。実際に谷口拓也プロや何人かの女子プロに『来年、キャディお願いします』と頼んであったんですよ」と笑いながら話すのは松山英樹だけでなくブルックス・ケプカらをサポートするダンロップ スポーツ アメリカの駐米ツアーレップ、宮野敏一氏。

「ところが、ちょうど外資系ゴルフメーカーの女子ツアー担当の方が辞められたので、『うちに来ないか?』とお誘いを受けたんです。クラブのことも好きだったし、キャディよりも会社勤めのほうがいいかなと思い、頼んでいたプロには『ごめんなさい』と謝ってその会社に入社しました。2003年のことです。そのまま前任者の後釜に座ったので女子ツアーを担当しました。でもクラブが好きといっても、入社するまでは家のベランダで自分のパターのグリップを恐る恐る交換したことがあったくらい。それなのに1年目からクラブを組んでましたね。先輩方の見よう見まねで、2カ月もしたらできるようになりました。ドライバーが『R500』とかの時代でした。

入社して2年目に、女子プロのコーチをされていた江連忠プロから厳しい要求をされたりもしましたが、とてもいい勉強をさせてもらいました。でも、しばらくすると、この会社の契約選手だけだと自分の幅が狭まるというか、毎週同じ選手とだけ接していては世界が広がらない気がしてきたんです。そこで、フェアウェイウッドなど契約外の選手にも使ってもらえるクラブがあったので、それを利用して『一流選手とはどういう人たちなのか?』、それを自分なりに調べてみようというか、知りたいと思ったんですね。

その頃の自分のなかで一番といえばやはり不動裕理プロ。当時、圧倒的に強かったですから。彼女にクラブを通して接してみたいと思い、契約選手のサポートの傍ら、一流選手ってどういう人たちなのかを探る『旅』が始まったんです。するとフェアウェイウッド1本だけでも選手とやり取りできる。不動プロだけでなくそれこそ宮里藍プロやいろんな有名選手と一緒に仕事をさせてもらいました」

いつの間にか松山英樹にたどり着いていた

画像: クラブには並々ならぬこだわりを持つ松山英樹。とくに構えたときのフェース面の見え方には妥協がない。「クラウンとフェース上部の境目をペイントして、見え方を調整します。それこそ髪の毛数本ぶんの見え方まで調整します」。この日もペイントしたばかりのドライバーを練習場で手渡してチェックを受けていた

クラブには並々ならぬこだわりを持つ松山英樹。とくに構えたときのフェース面の見え方には妥協がない。「クラウンとフェース上部の境目をペイントして、見え方を調整します。それこそ髪の毛数本ぶんの見え方まで調整します」。この日もペイントしたばかりのドライバーを練習場で手渡してチェックを受けていた

「その後、男子ツアーの担当になったのですが、やっぱり『旅』は続けたい。そこで自分が興味のある選手にクラブを通して接していったんです。たとえば池田勇太プロや宮里優作プロにも使ってもらおうとしました。それを続けていたら松山英樹プロにたどり着きました。2016年、狭山GCで開かれた日本オープンです。『うちの3Wを試したいらしいから対応してくれ』と会社から連絡が入ったんです。それで試合会場であいさつに行ったのが最初の出会いでした。

自分のなかではゴルフといえばやっぱりアメリカで、丸山茂樹プロなどのPGAツアーで活躍する選手が本当のトッププロ。自分も出張でPGAツアーに行ったことはありましたが、それだといつもお客さんという感じ。松山プロにうちのドライバーを使ってもらおうと思ってアメリカに行くたびに、アメリカで腰を据えてゴルフに向き合ってみたいな、向こうの景色を『お邪魔します』ではなく見てみたいな、という思いが募っていったんです。そうするうちにタイミングというかご縁があって、2020年1月にダンロップに転職したんです。松山プロの存在はもちろんですが、アメリカのツアーレップというポジションにすごく興味があったのと、日本人がアメリカでどこまでやれるのか試してみたかったんです。

早くも5年目に入りましたが、まだまだ知らないことがいっぱいあってすごく面白いですね。松山プロ以外にもブルックス(・ケプカ)とも仕事をさせてもらってますし、彼のクラブを触るポジションから見ると、また違う世界も見えてくる。最近ではクラブ契約フリーのアダム・スコットもアイアン(スリクソンZX7 MkⅡ)を使ってくれています。もちろん松山プロの存在はとてつもなく大きいのですが、『一流選手とはどういう人たちなのか?』という僕の旅はまだまだ続いているんです。旅のゴールですか? う~ん、最後は日本で、日本のゴルファーを増やすような仕事ができればいいなと思っています。自分が知ったこととかを伝えることで日本のゴルフに役立てばいいなと。そのために今はまだインプットの段階なんです。もちろん失敗もあります。ここで言えないくらい大変だったことも(笑)。選手のエースアイアンを折ってしまったときは頭が真っ白になりました。ライ角をフラットにしようとしていたのですが、ひたすら謝るしかありませんでした。とにかく謝って直しました。実は2人くらいやってます」

普通のレップは水曜午後に帰るが……

画像: 毎週コースが変わるため、コースに合わせて選手が求めるクラブの性能も変わる。その要望に月、火、そして水曜の午前中という短い時間で対応する。たとえば全英オープンでは風が強くフェアウェイの硬いリンクスに対応するためドライビングアイアンを用意したり、バウンスの違うウェッジを準備する

毎週コースが変わるため、コースに合わせて選手が求めるクラブの性能も変わる。その要望に月、火、そして水曜の午前中という短い時間で対応する。たとえば全英オープンでは風が強くフェアウェイの硬いリンクスに対応するためドライビングアイアンを用意したり、バウンスの違うウェッジを準備する

「アメリカのツアーレップの1週間は、日曜日に試合会場に移動することから始まります。ただアメリカはとてつもなく広く、時差もあります、僕が住んでいる西海岸のロサンゼルスを朝8時に出ても、東海岸のニューヨークやフロリダに着く頃には夜中になってしまうので、移動が大きな仕事です。

月、火は練習日。前の週からの課題をクリアしたり、その週のコースへの対策をします。通常は朝7時から夕方5時くらいまで。やはりトレーラー(ツアーバン)というクラブを調整する場所があり、自分たちがそこに1日中いることで選手に安心感を与えられるので、いることが大事なんです。

水曜日の午後にはトレーラーは次の試合会場へ向かって走り始めます。なのでクラブ調整をするのは水曜の午前中まで。水曜の夜には家に帰って、木曜はオフィスに出社しデスクワークや翌週の準備。金、土が休みで日曜に移動というのが普通のツアーレップの一週間。

自分の場合は松山プロが主軸になるので、月、火は7時過ぎにはバスにいて松山プロがいつ来ても大丈夫なように準備をしています。水曜日はプロアマなので午前中の作業が終わると他のレップは帰りますが、自分はプロアマを最後まで見て、翌木曜の初日のプレーも見てから帰ります。練習で準備をしているときと試合本番ではやっぱり違うからです。コースと風を考えてアドレスを見れば『こういう球を打ちたいのだろうな』というのは想像できるので、それに対してどう打てているかを見るんです。いいスウィングができているのに球を操れていないときもあれば、本人は満足そうでもズレていることもあります。その原因を想像しながら帰るんです」

本当はメジャーの前週までに終わらせたい

「松山プロはコースのなかで新しいクラブを打ってテストすることが多いのですが、ブルックスはコースに出たらコースのスウィングをするので、テストはレンジでやりたいというタイプ。人によって全然違いますね。選手から具体的なオーダーをもらった場合は、オーダー通りになるべく早く仕上げることが重要ですが、そうじゃない場合は本当にピンキリ。シャフトを替えることもあれば、ただグリップを挿し直すことも。まったく同じ物で同じことをしても、やり直すことで感覚が変わることがあるからです。

松山プロには頼まれていなくても自分から勝手に『こんなのがあったらどうかな?』と、どんどん提案しています。松山プロが1から10まで突き詰めるとすれば、ブルックスは6くらいまで。『ここからはやらなくていい。突き詰める作業をするならスペアを1本作ってほしい』という感じです。

クラブ以外のサポートも自分たちの仕事。たとえばグローブなど消耗品の発注や、ウェアなどのフィードバック。毎週、コースが変われば気温や湿度も違います。汗のまとわりつき方など、現場でプロに試着してもらった動画を会社に送ったりするんです」

選手が勝つだけでも物が売れるだけでもダメ

「毎週、クラブを調整していますが、それはメジャーに照準を合わせているからです。メジャーではクラブを信頼した状態で挑んでほしい。できればメジャーで使うクラブは前の週にバッグインしている状態を作っておきたいと思っています。でも、これはあくまでも理想。実際に松山プロが優勝した2021年のマスターズのときも、使っていたのは火曜日に作ったドライバーでしたから。

松山プロはコーチを付けるようになってからスウィングだけでなく、いろいろ変わりました。とくにドライバーの好み。この3、4年くらいで、つかまるドライバーが好きになってきています。

ツアーレップとしてのゴールは担当する選手が成績を残すことはもちろんなのですが、やっぱり物が売れることも大事だと思っています。売れるだけでもだめだし、選手が勝つだけでもだめで、その両方をつなげて売れるニュースにしていかなければいけないと思っています。

クラブ作りのスピードだったら誰にも負けない自信がありますが、一番大切にしているのは準備。これが結構大変なんですよ。コースや天候、選手からの急なリクエストなどに常に備え、何が起きるか、どこら辺までのことが起こるかを想像して準備する力も他の人に絶対負けないと思っています」

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週刊ゴルフダイジェストの2024年5月7&14日合併号では宮野さん以外にも長年、ツアーレップとして活躍している横浜ゴムの中村好秀さん、キャロウェイゴルフの島田研二さんにも話を聞いている。週刊誌かMyゴルフダイジェストをチェック!

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※週刊ゴルフダイジェスト2024年5月7&14日合併号「”ツアーレップ”という仕事」より

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