1950年代、60年代、70年代それぞれに全英オープンで優勝した唯一のゴルファーであるプレーヤー。アーノルド・パーマー、ジャック・ニクラスとともにビッグ3として一時代を築いた南アフリカの黒豹は来年90歳の卒寿を迎える。1957年セントアンドリュースでおこなわれた全英オープンに初出場した時の思い出は信じられないような逸話で溢れている。
ゴルフバッグに小さなスーツケース、ポケットに200ポンドの現金をねじ込み列車でルーカスという駅に到着した22歳の青年は見渡す限りの田園風景に「果たしてここにゴルフ場があるのだろうか?」と思った。
予備知識はゼロ。ただゴルフ発祥の地でプレーできる高揚感はあった。さて、これからどうするか? 思案しているとあるプロが通りかかり声をかけてくれた。
「コースに行くのかい? そこまで乗せて行ってやろう」
好意に甘えてセントアンドリュース オールドコースにたどり着いた。
1番ホールにいたスターターが小柄な青年をまじまじと見て「ハンディキャップは?」と聞いてきた。アマチュアだと思われたのだ。プロだと説明し、ティーショットを打ったが広々としたフェアウェイを外す盛大なミスショット。「それでプロなら余程ショートゲームが上手いんだな」と皮肉をいわれた。
スーツケースの中身はズボン2枚とポロシャツ2枚、下着が2枚。スカーフを夜は首巻きに昼間はベルトとして使った。ベルトがないのが恥ずかしくて「暑いから上着を脱いだら?」といわれても「大丈夫、大丈夫」と上着の裾を握りしめた。
「ホテルは高くて泊まれない。最初の晩は海岸の砂が凹んだところに寝転がって眠りました」
翌日からはドアの壊れた安宿に泊まって毎日着替えの服を手洗いして着回した。
その4年後スコットランドのミュアフィールドでプレーヤーは(当時の)最年少全英オープンチャンピオンに輝いた。翌年、セントアンドリュースに凱旋しスターターの男性と再会すると彼に「若者、キミがメジャーチャンピオンとはね!」と笑顔で肩を叩かれた。
「よく来たな、今夜は一緒に一杯飲もう」
浜辺で寝たあの日があったからプレーヤーは強くなれた。そしてすべてのことに感謝するようになった。
時は流れ22年セントアンドリュースで第150回記念大会が開催されたとき、プレーヤーは『150回』
と書かれた看板を見下ろすホテルのスイートルームからコースを見渡した。
スウィルカンブリッジ(橋)、R&Aのクラブハウス……。来し方を振り返り感激で目頭が熱くなった。
世界最古のトーナメントが綿々と歴史を刻み、150回続いた奇跡。そしてその場にいてニクラスや全英5勝のトム・ワトソン、タイガー・ウッズらとともに開幕前イベントに参加できた奇跡。
9歳で母と死別し「僕も死なせてください」と神様に祈った孤独な少年時代が走馬灯のように脳裏を駆け巡り、しばらくの間、頰を伝う涙を止めることができなかった。