新帝王といわれ、一時代を築いたトム・ワトソンに関するこのレポートは2010年に執筆した。この年の前年(2009年)に、59歳のトム・ワトソンは6度目の全英オープン優勝を目指し、プレーオフを戦った。結果的には敗れはしたものの、世界中から賞賛の声が止まなかった年である。その当時の、つまり60歳のワトソンの全体像に迫った。いま読んで懐かしいと思われる人が一人でもいてくれれば幸いである。※『書斎のゴルフ』に掲載された全10回の記事を筆者(特別編集委員・古川正則)本人が加筆修正した。
画像: 2018年マスターズ 練習日のワトソン(撮影/姉崎正)

2018年マスターズ 練習日のワトソン(撮影/姉崎正)

「3つのDがぼくのゴルフを支えている」

さて、ここでスウィング論からひとまず離れて、ワトソンのインナーゲーム、精神的取り組み方について筆を進めたい。

「欲望(ディザイア)があって決断(デタミネーション)したら、それを自分にささげる献身(デジケーション)それが私のゴルフを支えている3本柱だ」とワトソンはいう。

つまり3つのDとは、ディザイア、デジケーション、デタミネーションの頭文字。ワトソンからこの言葉を聞いたのはもう25年も前のことだ。日本の『週刊ゴルフダイジェスト』のインタビューに、自分のゴルフを分析すると……といって発したものだ。

ゴルフとは、ただスウィングのフィジカル的要素がすぐれているだけでトーナメントに勝てるわけではない。コースにいても、その場その場で戦略を決断していかなければならない。その過程にはまずどうしたいのかという欲求があって、その欲求を具体化して決断する。あとはそれを自分にささげる気持ちでショットしていくだけだとワトソンはいう。その過程の三要素をワトソンは3つの言葉で表現し、頭文字をとって「3つのD」としたのだ。

前出の川田太三氏は「3つのD」を次のように解説する。

「ディザイアというのは、日本語で1つの言葉で表現するのは難しいですね。勝利欲であったり、願望、欲望、欲求、ハングリー精神ー飢えているからでなくても、目的に向けて渇望する心ーの発露であったり、さまざまの要素が重なっている言葉です。そういうディザイアがあって、天候、条件、確率などから総合判断し、決断する。決断したことに対して自分を無にしてささげる。神にささげるといってもいいでしょう」

続けて川田氏、「ぼくはワトソンから聞いていてそういうふうに解釈しました。たしか“もう1人の自分がいる”といったのもワトソンじゃないですか。もう1人の自分と会話しながら、自分を客観視しマネージメントし、コントロールしていくなどと、今では誰でもいいますが、ワトソンがその嚆矢です。こういう明快な思考形態を持っているので、決断が早く、ショットにも迷い、ためらいというのがありません。大学で心理学を学んだということがプラスになっていることは間違いないと思います。自分を冷静に見つめる思考形態を持つことは、肉体と違って衰えませんから、これが息の長い選手生活を送り続けられる原因ではないのですかね...…」と語った。

心理的といえば、敗戦のあとの“事後処理”も見事である。昨年のターンベリーで歴史的惜敗をした記者会見でワトソンはこういった。

「もう少しで夢がかないそうだったのに、残念でしかたない。地獄のようなストーリーだったけど、これは素晴らしい失望でもあるんだ」

素晴らしい失望。まだワトソンにはマイナスをプラスに転じる心理的切り替えの方法も持っているのだ。

ラフに強いアプローチの秘訣

次にワトソンのアプローチの特質について分析してみたい。

「100ヤード以内なら世界一」と帝王二クラスをしていわしめた往年の青木功。七色の球を操るといわれたリー・トレビノ。彼らのアプローチは職人芸の匂いが濃厚だったが、ワトソンに職人技の匂いはしない。名手でありながらいかにも……という感じがしないのはなぜだろう?

それは一見、無造作に素早くやるからだということもあるだろうが、スウィングの質に負うことが大きいと思う。クラブをストレートに上げてストレートに振り下ろすアップライトスウィング。

どのような状況でも同じスウィングテンポで、フェースの面とボールに与える力を中心としてアプローチする。コッキングがまた素晴らしい。手元はそれほど動いていないのに、ヘッドは大きく動く。そしてどんなに小さいスウィングでも多少のコッキングは必要。これが正しいコッキングの考え方である。アマにはなかなかできないのが小さいトップでの収まりのよさ。これは正しいコッキングをしないと作れない。アマに多いノーコックの大きい動きでは打つときにゆるむことが多く、スピンのきいた球は打つことは不可能。

ワトソンは距離に対してイメージした位置までコンパクトにヘッドを上げて、しっかりボールを叩ける体勢をつくる(ノーコックの大きいトップはこれができない)。インパクト後も左手首がまっすぐ目標方向に出ていく。だからフィニッシュでもフェースはスクエアのままである。

また右ひざはインパクトで送り込まれていくものの、スウィング軸をつくっている左ひざは決して左へ流れていかない。つまり、アドレスであらかじめ左ひざを左へ出していき、固定しておくことでスウィング中の体の上下動、左右の動きを排除している。これなどはアマでも簡単に実践できることであろう。

小さな動きでインパクトのゆるまないアプローチ。だからこそリンクスの深いラフからでもしっかりしたアプローチができるのである。

今や伝説となった1982年の全米オープン、ペブルビーチ17番パー3 。ワトソンはティーショットをグリーン右の足首までかくれるラフに外した。誰もがボギー、ダボを予想した。しかし、ワトソンは前出のキャディのブルースに何事かささやき、打たれたボールはスルスルとカップイン ! このバーディで宿敵ニクラスを突き放し、勝利したのである。

ワトソンがブルースにささやいた言葉は「寄せるんじゃない、入れるんだ」。

記者会見でも「ブルースは無理せず出そうといったんだが、あのときは入る予感がした。本当に入ると信じたんだ」。

生真面目で大仰なことなどいわないワトソンが放った奇跡のアプローチショットと「言葉」だった。

奇跡のカップインを演じたアプローチも、コッキングの利いたインパクトのゆるまないスウィングだからできたのであり、これらの動きはメカニカルでありシンプル。これがワトソンのアプローチを職人技くさくなくしている要因なのだろう。

見事な職人技なら素人であるアマにはとてもできる技じゃないと思うのだが、メカニカルな技術だと何だかできそうな思いがするから不思議である。

ゴルフダイジェスト特別編集委員/古川正則

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