
今年はシニアツアーで3勝のアンヘル・カブレラ
ツアーの愉しみのひとつに、選手の織りなすカムバックストーリーがあります。スランプからのカムバック。病気やケガからのカムバック。あるいは一度は転落した人生からのカムバック……。なかでも衝撃的なカムバックを果たしたのが、アンヘル・カブレラではないでしょうか。
07年の全米オープンではタイガー・ウッズに1打差で競り勝ち、09年のマスターズではチャド・キャンベル、ケニー・ペリーとのプレーオフを制したメジャーチャンピオン。そして55歳になった今年はシニアツアーで3勝、このなかには5月のリージョンズトラディション、全米プロシニア選手権と2週連続でのメジャー優勝が含まれます。
僕にとってカブレラはもともと好きな選手でしたが、21年、SNSで知った〝カブレラ逮捕〞のニュースには仰天しました。確かCNNだったか、一般ニュースで扱われたことにも驚きました。しかもその内容は暴行、窃盗、脅迫の疑いでインターポール(ICPO=国際刑事警察機構)に逮捕されたとのこと。元妻と元パートナーの2人から家庭内暴力で訴えを起こされていて国内、つまりアルゼンチンにいなければならない命令を受けており、それを破ってブラジルの空港に着いたところで国際指名手配で逮捕されたというわけです。カブレラにも言い分がありそうですが、裁判では、30カ月服役という厳しい判決。ここまでなら母国アルゼンチンの英雄の転落劇といった筋書きで終わりそうですが、23年8月に出所すると、そこからカムバックストーリーを作り上げるのです。
自分は酒で女性にひどいこともしたと当人も認めているように、かつてのカブレラは酒癖が悪かったのでしょう。今は酒を飲まないという彼は、服役中に断酒に成功し、しかも現在のパートナーが出産。出所した2カ月後の23年10月には結婚もします。出所して心を入れ替えたカブレラは、故郷のコルドバで昔のコーチと二人三脚でゴルフに取り組み、昨年にはPGAツアーチャンピオンズへの復帰を果たします。ちなみに昨年のマスターズは、歴代優勝者として出場資格がありましたが、〝元犯罪者〞ということでビザの取得が間に合わず、欠場となりました。しかし今年は、満を持して、オーガスタに姿を現したのです。昨年のツアーチャンピオンズではシード権を獲得できず、Qスクールもあと一歩のところで失敗してしまいます。しかし数少ない出場チャンスのなかから、4月のジェームズ・ハーディ殿堂招待で見事に優勝。ウェイティングからの出場でした。その優勝で来年までの出場権を獲得すると、前述のように2週連続でメジャー優勝。6月最終週の全米シニアオープンでは、過去にゲーリー・プレーヤーとベルンハルト・ランガーしか果たしていないメジャー3連勝に挑みましたが、こちらは予選落ちで達成できず。
カブレラは南米では珍しくないかもしれませんが、貧困家庭で育ちました。3、4歳で両親が離婚。祖母の元で暮らし、育てられます。8歳で学校をやめ働き出しますが、10歳から始めたキャディがゴルフとの出合いでした。キャディの仕事のほかに、他のキャディとの賭けゴルフで生計を立て、若い頃から飲酒するなど荒れた少年時代を過ごしました。しかし、ゴルフの才能があった。その才能を同胞のエドアルド・ロメロに認められ、アルゼンチンを主戦場にプロの道を歩み出します。そこから欧州ツアーに挑戦するも、Qスクールは3回失敗。そこで経済的に支えてくれたのがロメロでした。97年には欧州で念願のシード権を獲得、01年にはPGAの特別シード権を得て米欧両ツアーで戦います。そして07年に全米オープン、09年にマスターズ優勝。アルゼンチン人のメジャーチャンピオンは、カブレラが生まれる2年前、67年の全英オープンでのロベルト・デ・ビセンゾ以来2人目の快挙でした。
貧困の幼少時代を思えば、メジャー優勝はもとよりワールドワイドで通算57勝したこともカムバックストーリーと言えるでしょう。
少し個人的な話をすれば、97年にセントアンドリュースで開かれた国別対抗のダンヒルカップに、ボクは日本代表として出場しました。そのときの予選の同組がアメリカとイングランド、そしてアルゼンチン。ボクはエドアルド・ロメロのあの柔らかいスウィングが好きで、実現はしませんでしたが一緒に回りたいと願っていました。このとき、一緒に出ていたのが無名のカブレラ。あの頃にはロメロの支援があったんだと考えると、感慨深いものがあります。〝新生〞カブレラのゴルフに注目したいと思います。
◆参考ポイント=歩くままにアドレスし、スウィングも自然体に

「カブレラは歩く姿のままで構えるといった自然体。皆さんもカブレラのように構えてみると、スウィングもナチュラルに柔らかくなるはずです」(佐藤プロ)
プラヤド・マークセンと同様のナチュラルスウィング。アドレスは自然体。よく、「姿勢よく胸を張れ」となりがちで、もちろんそれも理には適っていますが、誰もがアダム・スコットのような構えを目指すのは難しい。
全米プロシニア選手権の公式YouTubeでカブレラの“自然体スウィング”をチェック
Ángel Cabrera | Round 4 Highlights | Senior Championship
www.youtube.comカブレラは歩く姿のままで構えるといった自然体。皆さんもカブレラのように構えてみると、スウィングもナチュラルに柔らかくなるはずです。ちなみにカブレラのニックネームは「エルパト」で、これはアヒルの歩き方を意味します。歩き方を真似るのもいいかも⁉
PHOTO/Tadashi Anezaki、Getty Images
※週刊ゴルフダイジェスト2025年7月22日号「バック9」より