
解説/吉田洋一郎プロ
1978 年生まれ。多くの海外コーチのもとを訪れ直接指導を受けるなどスウィング研究に情熱を燃やす。クォン教授とも親しく、2019年には教授とともに「反力打法」でレッス

クォン教授
テキサス女子大教授でバイオメカニクスの世界的権威。ゴルフにおける地面反力研究の第一人者でもあり、多くのトッププロのスウィング解析を行い、アドバイスを与えてきた

体験者/伊藤有志
ACNツアーを主戦場に活躍中。1994年生まれで、東北福祉大学卒業。最近の悩みは飛距離を伸びないこと
1億円超の機材で行うスウィング分析
今回のスウィング計測は、野球の分野でバイオメカニクスを取り入れた指導のパイオニアである「ネクストベース・アスリートラボ」の協力のもと、総額1億円を超えるモーションキャプチャやフォースプレートなどの最新機器を使用して行われました。
被験者として協力してくれたプロゴルファー・伊藤有志選手は、今年は下部のACNツアーを主戦場に活躍中ですが、「飛距離を伸ばしたい」という課題を持ちスウィング計測に臨みました。クォン教授は伊藤選手の測定データを分析する中で、「バックスウィングの速度が遅すぎる」と指摘しました。バックスウィングが遅いと、切り返しで過度に身体を沈み込ませる必要が生じ、非効率な動きにつながるといいます。逆に、バックスウィングを速めれば余計な動作をせずに済み、クラブの反動を活かせるため、飛距離の向上が期待できると説明しました。

クォン教授に教えてもらう伊藤
実際、伊藤選手がアドバイスを実践するとスウィングは滑らかになり、ヘッドスピードも上昇。伊藤選手は長年信じてきた理論が覆される瞬間に驚きつつも、確かなエビデンスに納得していました。
セミナーで地面反力の誤解を解く
翌日には、ゴルフダイジェスト社でインストラクター向けセミナーが開催されました。昨年は有名プロやツアーコーチも参加しましたが、今年も「地面反力を正しく理解して活用する方法」というテーマに多くのティーチング関係者が関心を寄せ、会場は熱気に包まれました。
巷では、地面反力を活用した指導として「ジャンプする」「強く踏み込む」といった教え方が見られますが、クォン教授は、こうした過度な動きはかえって効率を損なうと指摘しました。PGAツアー選手のデータを示しつつ、誰もが自然に地面反力を使っていること、その効率的な活用法をわかりやすく解説しました。
参加者はメモを取りながら真剣に耳を傾け、多くが「目から鱗が落ちる」ような表情を浮かべていました。今回のセミナーは入門編に位置づけられるものですが、今後はインストラクタープログラムなどを通じて、バイオメカニクスを学問として体系的に理解できる環境を日本のゴルフ界に広く普及させていく必要性を感じました。
穏やかで誠実な人柄のクォン教授
クォン教授は米国・テキサス女子大学で運動科学部の教授を務め、国際スポーツバイオメカニクス協会の会長も歴任するなど、世界中の研究者から厚い信頼を寄せられる存在です。また、PGAツアーやLPGAツアーの選手のスウィング分析にも深く携わってきました。ブライソン・デシャンボー選手は2014年に初めて研究室を訪れ、その後もたびたび計測を受けながら、飛距離を重視した現在のスウィングへとモデルチェンジしました。このように、数多くのトッププロたちに影響を与えてきたのです。

穏やかで堅実なクォン教授
一方で、その肩書きから堅い人物を想像するかもしれませんが、実際のクォン教授は穏やかで誠実。常に相手を気遣い、怒った姿を見たことはありません。しかし、ゴルフスウィングの話になると熱量が一気に高まり、話が尽きず、止めるのに苦労するほどです。機材やデータへのこだわりも強く、膨大な情報を瞬時に照合して課題を見抜く洞察力は圧巻。
教育者としてクォン教授は「エビデンスに基づく指導」の重要性を繰り返し強調しています。欧米をはじめアジア各国でも精力的にインストラクター教育を展開しており、これまでにインストラクタープログラムの受講者は1500人を超えています。
日本滞在中の手配は私・吉田洋一郎が担当しましたが、夕食のリクエストを伺うと「日本の典型的な定食がいい」と希望され、さらにオレンジ色の看板を指さして「牛丼はどうだ?」と笑顔で提案されました。それが冗談なのか本気なのか分からない様子で、思わずこちらも戸惑ってしまいました。さすがに遠路はるばる来日していただいたゲストを牛丼で接待するわけにはいかず、別の店を選びましたが、その飾らない人柄には驚かされました。翌日には寿司や天ぷらを堪能し、「完璧なディナーだった」と満足そうに語ってくれたのが印象的でした。
日本のゴルフ界へのインパクトと今後
クォン教授のスウィング理論は、従来のゴルフレッスンの常識を大きく覆します。たとえば「速いバックスウィング」が飛距離向上に有効だという指摘は、「ゆっくり丁寧に」という従来の指導とは真逆の発想です。しかし、教授はその根拠を科学的に示すことで、「なぜなのか」という疑問に明確な答えを与えてくれます。さらに、地面反力についても「特別な技術」ではなく、誰もが自然に活用しているものだと再認識させてくれました。
今後は、日本でのオンラインによるインストラクタープログラムの開講や、スウィング分析サービスの開始が予定されています。すでに複数の日本人選手がクォン教授のダラス研究室を訪れているという情報もあり、バイオメカニクスによるスウィング分析は、今後日本人選手に大きなインパクトをもたらす可能性があります。

バックスウイングは早く!がクォン教授の理論
クォン教授は常に「従来の常識を疑い、データから学ぶこと」の重要性を説いています。皆さんも、ぜひ「なぜその動きが必要なのか?」を問い直し、科学的アプローチでスウィングを磨く第一歩を踏み出していただければと思います。