「南カリフォルニア出身の私にとってリビエラとLAオープンは象徴的な場所です。ここでメジャー大会を観戦し16歳の若者がここでキャリアをスタートさせた。そしてこのコースで自分の大会を主催できるのは本当に特別なことです」

1992年にリビエラCCで開催されたニッサン・ロサンゼルスオープン。そこに、アマチュア時代のタイガーの姿があった。当時は16歳、これがPGAツアー初出場大会だった
92年に16歳だったタイガーは丘の上にあるクラシカルなクラブハウスの横から打ち下ろす1番パー5で記念すべきプロ大会1打目を放った。
それまで分厚い雲に覆われていたロサンゼルスの上空から、タイガーのティショットに合わせたかのように日差しが差し込んだ。未来のスターの誕生を予感させた瞬間に多くのメディアやファンが息を呑んだものだった。
現在プレーヤーディレクターの長としてツアー改革に取り組むタイガーは「私が16歳でここリビエラでプレーする機会を得たように、より若い年代の選手がここでプレーするチャンスを与えたいと思っています。次の世代、その先の世代にも機会を与え続けていきたい」のだと語った。
ツアーデビューの頃に比べるとティーイングエリアが後ろに移されるなど変わった部分もあるが「象徴的な最初のティーショット(1番)はまったく変わっていません。私たちはいつもクラブハウスの前でプレーしてきました」。
「このゴルフコースのクラシックな装い、バンカー、グリーンコンプレックスの繊細さ、優雅さは健在です。残念ながら今日は少し雨が降っていますが晴れて乾くとスコアを出すのがとても難しい」
タイガーには8歳の頃の強烈な思い出がある。「左に池がある昔の8番ホールで自分の目の前にボールが落ちてきたんです。見るとそれはRamゴルフボール。Ram? はじめて見ました。そのボールを見ているとキャディが私を押し除け『坊や、そこをどけ』といいました」。
「そのときは誰なのかわかりませんでしたが、のちにトム・ワトソンのキャディ、ブルース・エドワーズだったのがわかりました。私はよくそのことで彼をからかっていました。すると彼は『そうさ、君が邪魔だったんだよ』と(笑)。自分にとってリビエラは子供の頃の思い出に浸れる場所なのです」
エドワーズは04年筋萎縮性側索硬化症(ALS)により49歳の若さでこの世を去った。
「リビエラの8月は素晴らしい」と語ったタイガーはツアー改革に伴うスケジュール変更にも言及。ジェネシス招待(いま議論されているツアースケジュールによっては名称が変わるかもしれない)が来年以降8月に開催される可能性も示唆した。
昨年はロサンゼルスを襲った未曾有の山火事の影響でリビエラCCでの開催ができず、トーリーパインズGC(サンディエゴ)が代替コースとなり、ラドビッグ・アバーグが優勝した。
今週の予選ラウンドは24年の大会チャンピオン松山英樹とアバーグ、全米オープン覇者のJ・J・スパーンが同組でプレーする。
2試合連続トップ10入りと好調な松山に対しアバーグは今季3試合で棄権、予選落ち、37位タイと不調。しかし先週AT&Tペブルビーチプロアマで優勝したコリン・モリカワも直前まで絶不調だった。ゴルフは何があるか予測不能のゲームだ。
今週は松山の大会2勝目と26歳のアバーグの復活にも期待がかかる。
【動画】記者会見でPGAツアー復帰について語るタイガー【PGAツアー公式X】
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