「父さんは3回しかパットをしていない」息子の覚醒
「常軌を逸している」「魔法のようだった」
試合後の会見で、父・マットは信じられないといった表情で振り返った。それもそのはずだ。2日間で奪ったバーディ(イーグル含む)の数は33個。パーはたったの3つ。スクランブル形式(ベストボールを選択してプレーする方式)とはいえ、異次元のスコアである。
その原動力となったのは、間違いなく息子・キャメロンのパッティングだった。 感謝祭の休暇中にシカゴのベティナルディの工場を訪れ、自ら選び抜いたという一本のパター。それが火を吹いた。
「人生で彼があんなに上手くパットをするのを見たことがない。私は日曜日のラウンド中、たった3回しかパットを打っていないんだ。信じられるかい?」(マット)
1番、2番と連続バーディで滑り出すと、3番ではマットが放ったハイブリッドのショットをキャメロンが沈めてイーグル奪取。「ワオ、今日はとんでもない日になるぞ」というマットの予感は的中した。18番ホール、キャメロンが放った第2打がピンそば30センチに止まったとき、マットの目には涙が光っていた。
天国の父へ捧ぐ、3世代の物語
マット・クーチャーにとって、この大会は特別な意味を持つ。かつては自身の父、ピーターさんと共に出場していたからだ。
「父との思い出といえば、ある年、池のそばからのアプローチで父が完全に空振りしたことかな。キャメロンは当時まだ小さくてキャディをしていたけれど、笑いを堪えるのに必死だったよ」(マット)
そんな父・ピーターさんはもういない。だが、マットはこの週末、確かに父の存在を感じていた。
「カルマか、運命か、神かは分からないけれど、大きな力が働いていた。父が上から見守ってくれていたんだと思う」

キャメロン・クーチャー(左)とマット・クーチャー(右)。最終18番ホールのグリーンに上がる前にギャラリーに挨拶(PHOTO/Getty Images)
かつて自分が父と歩いたフェアウェイを、今は自分が父として、息子と歩いている。優勝が決まった瞬間、キャメロンが見せたガッツポーズは、天国の父も含めた「3世代」での勝利の証だった。
窓拭き職人の祖父が遺した「勤勉さ」
会見の終盤、記者から「若いアスリートである息子に、どのような視点を植え付けようとしたのか」と問われたマットの答えは、ゴルフの技術論ではなく、より根源的な人生訓だった。
「勤勉さ(ハードワーク)だと思いたい」
マットは静かに、自身のルーツについて語り始めた。彼の祖父母はウクライナからの移民だった。祖父は窓拭き職人として懸命に働き、家族を養ったという。
「子供たちに自分よりも良い生活を送るチャンスを与えるためには勤勉さが必要なんです」
偉大なアスリートの息子として生まれたからといって、自動的に偉大になれるわけではない。スポーツの世界は残酷で、かつ公平だ。「プレーできるか、できないか」。結果は自分自身で勝ち取らなければならない。
「息子たちがそれぞれのスポーツで結果を出しているのを見るのは嬉しい。なぜなら、彼らが努力(ハードワーク)しているのを知っているから」
才能にあぐらをかくことなく、自らの足で立ち、努力を重ねること。窓拭き職人だった祖父から父へ、そしてマットからキャメロンへ。クーチャー家の食卓で語り継がれてきた「勤勉さ」の精神が、この日の記録的な33アンダーという果実に結実したのだろう。
チャンピオンベルトは「家」に
見事手に入れたウィリー・パークの名が刻まれた赤いチャンピオンベルト。「これをTCU(テキサスクリスチャン大学、キャメロンの在学先)に持ち帰るのか?」という質問に、キャメロンは笑って答えた。
「たぶん家に置いておくよ。父さんのと一緒に並べておくのが一番かっこいいからね」
マットは冗談交じりに言った。
「キャメロンのためには、ロデオのチャンピオンバックルみたいな特注品を作らなきゃいけないかな」
リビングルームのテレビの横、家族の歴史が刻まれたトロフィーコーナーに、新たな栄光が加わる。そこにはきっと、天国のピーターさんの写真も飾られているに違いない。
「親父(Pops)が恋しいよ」と涙ぐんだマット・クーチャー。その目には、立派に成長した息子の姿と、それを支え続けた「勤勉さ」という家訓への誇りが宿っていた。
