1970年にプロゴルファー転向後、通算113勝、国内では前人未到の12度の賞金王を獲得するなど多くの栄光を手にした“ジャンボ尾崎”こと尾崎将司。長年国内男子ツアーをけん引した尾崎だが、日本のクラブのトレンドを作っていった一人であることは間違いない。特にブリヂストンの「J’s」シリーズは尾崎自らが監修し、ゴルフ界を席巻したギアと言えるだろう。
画像: おざき・まさし/1947年1月生まれ。海南高校卒。65年西鉄ライオンズ入団。68年に任意引退後、70年にプロゴルファーとなり通算113勝(ツアー制施行以前、海外1勝含む)。近年は選手育成に尽力し笹生優花や西郷真央らを輩出。昨年12月23日に永眠。78歳没

おざき・まさし/1947年1月生まれ。海南高校卒。65年西鉄ライオンズ入団。68年に任意引退後、70年にプロゴルファーとなり通算113勝(ツアー制施行以前、海外1勝含む)。近年は選手育成に尽力し笹生優花や西郷真央らを輩出。昨年12月23日に永眠。78歳没

画像: 写真A/左が90年代前半、右が90年代後半のクラブセッティング

写真A/左が90年代前半、右が90年代後半のクラブセッティング

90年代前半のセッティングはウッド2本をJ’sメタル。J’sアイアンにクラシカルエディションのウェッジを組み合わせたセッティング。写真A左は1番アイアンからセッティングされているが、実際の試合では2番アイアンから組まれていることが多かった。

90年代後半のウッドはJ’sシリーズ最後のモデルでヘッドにチタンを採用したJ’sワールドステージ チタンを使用。アイアンはJ’sチタンマッスルを2I~SWまでセッティング。90年代後半の強さを支えたセッティングだ。

画像: J’sメタル(初代)。89年の年末、日本のテレビ番組の企画で帝王ニクラスを90ヤード置き去りにしたモデル。海外でも大きな話題を呼び、90年のマスターズ最終日のニューヨーク・タイムズで「不思議な魔法のジャンボドライバー」として取り上げられた

J’sメタル(初代)。89年の年末、日本のテレビ番組の企画で帝王ニクラスを90ヤード置き去りにしたモデル。海外でも大きな話題を呼び、90年のマスターズ最終日のニューヨーク・タイムズで「不思議な魔法のジャンボドライバー」として取り上げられた

尾崎の真骨頂であるドライバーは、「J’sメタル」が代表的なモデルで90年代に一世を風靡した名器。80年代後半、それまでのパーシモンからメタルにヘッド素材が移行していく流れで、爆発的な飛距離を生んだクラブとして、それまでの常識を覆した。その飛距離性能は、ゴルフギアでは異例のニューヨーク・タイムズに取り上げられたほどの伝説のドライバーとなった。当時としては、長尺の43.5インチで使用していた。

画像: ジャンボMTN ⅢとJ’sチタンマッスル。将司のM、健夫のT、直道のNの頭文字を取り80年代前半から90年代前半にかけて絶大な人気を誇った。J’sチタンマッスルは当時50代目前だった尾崎のゴルフにやさしさをもたらした。現在の複合素材アイアンの先駆け的存在

ジャンボMTN ⅢとJ’sチタンマッスル。将司のM、健夫のT、直道のNの頭文字を取り80年代前半から90年代前半にかけて絶大な人気を誇った。J’sチタンマッスルは当時50代目前だった尾崎のゴルフにやさしさをもたらした。現在の複合素材アイアンの先駆け的存在

第2期ジャンボ黄金期を支えたアイアンとして、1983年発売の「ジャンボMTN Ⅲ」と1996年発売の「J`sチタンマッスル」の存在は大きい。MTN Ⅲは尾崎がスランプに陥っていた時期にこのアイアンに出合って以降、再び勝ち星を積み重ねるきっかけとなった。

50代を目前にした95年にバックフェースの中央部にチタンを搭載し、マッスルバックにやさしさを追加したJ’sチタンマッスルは複合素材をいち早く取り入れたモデルと言えるだろう。当時、市販では95年に限定発売された際に1セット50万円、翌年発売された一般モデルでも35万円と高価な金額も話題になった。

画像: J’sクラシカルエディション P/S。尾崎好みのグースネックのP/S。PWとSWの間にセッティングした、現代のAW相当のウェッジ。1980年代から90年代後半頃まで、丸くて大きめのヘッドにグースが効いたウェッジは当時のクラブの流行りを作った

J’sクラシカルエディション P/S。尾崎好みのグースネックのP/S。PWとSWの間にセッティングした、現代のAW相当のウェッジ。1980年代から90年代後半頃まで、丸くて大きめのヘッドにグースが効いたウェッジは当時のクラブの流行りを作った

現代のAWに該当する、「J’sクラシカルエディション」のP/SはアイアンセットのPWとSW間の距離を埋めることができる、画期的な“アイデア”クラブと言えるだろう。

画像: 90年代後半の強さを支えたパターはWOSS 「MOー01」。ソールには尊敬する長嶋茂雄の33が刻まれている。

90年代後半の強さを支えたパターはWOSS 「MOー01」。ソールには尊敬する長嶋茂雄の33が刻まれている。

96年当時、尾崎のエースパターとして突如登場したディープフェースのL字型マレットタイプのWOSS MO-01。強めのグースが効いていて、ヘッド上部に施されている白いラインがアドレスをサポート。このパターに替えて、年間8勝を挙げた。

数々の栄光を手にしてきた尾崎。クラブに対する強いこだわりが、その圧倒的な強さを支えてきたことは言うまでもない。

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