日本での勝利がもたらした心の余裕

地元・サンディエゴで26年初戦を迎えるザンダー・シャウフェレ(写真は25年ベイカレント C レクサスでの優勝インタビュー、撮影/岡沢裕行)
日本での勝利は「まるで前世の出来事(a lifetime ago)」のようだという。記録上は3カ月前の優勝だが、彼の感覚では「過去6カ月間、ゴルフをしていない」に等しい。この時間感覚のズレは、オフを「育児」という現実に捧げてきた証だ。
だが、あの勝利がなければ、オフは陰鬱なものになっていただろう。もし勝てずにシーズンを終えていたら、育児の日々の中で「お前はダメだ」という焦燥感に苛まれていたはずだと彼は振り返る。日本での確かな結果があったからこそ、彼は穏やかな気持ちでクラブを置き、父親としての時間に没頭できたのだ。「あの勝利が間違いなくオフシーズンを楽しいものにしてくれた」。日本のファンが目撃した歓喜の瞬間は、世界トップランカーの精神的安寧を守る防波堤となっていた。
「ボウリングのボール」と「親父の肩」
実戦への調整について問われると、彼は新米パパならではの苦労を苦笑いで明かした。
「15〜20ポンド(約7〜9キロ)のボウリングのボールを一日中抱えているようなものだ」
愛息を抱く日々は、トッププロの強靭な肉体をも蝕み、「親父の肩(dad shoulder)」や首の痛みを引き起こす。まずはその凝り固まった身体の矯正から始めなければならなかった。ゴルフの筋肉とは異なる負荷に耐えたその痛みは、彼にとって父となった証であり、心地よい責任の重みでもあるのだろう。
「情報の蛇口」と「哺乳瓶」
変化はチームとのコミュニケーションにも表れている。彼は情報の受け取り方について、実に父親らしい比喩で指示を出したという。
「情報の蛇口は全開にしないでくれ。今は、私に哺乳瓶でミルクを与えるように、少しずつ情報がほしい」
かつての彼は、なぜ状況が悪いのか、あらゆる情報を求め、すべてを把握することで、不安を解消しようとしていたのかもしれない。しかし今は違う。多すぎる情報を遮断し、必要なものを少しずつ、消化できる量だけ受け入れる。
育児で培った忍耐や、一度に多くを処理しない姿勢が、競技者としてのメンタリティにも波及しているのだ。「黙って良い助言に耳を傾ける」ことの重要性を知ったこの精神的成熟は、彼のゴルフに新たな深みを与えるに違いない。
ゼロからの再出発、そして別れの辛さ
ゴルフの感覚自体は「ゼロからのスタート」だと彼は認める。サンディエゴに戻り、ラウンドを重ねて実戦感覚を取り戻そうと努めてきた。目指すのは日本で見せた「集中力」の再現だ。技術的な錆びつきはあっても、正しいメンタルセットアップがあれば勝てることを彼は知っている。
一方で、家庭を持つプロとしての切実な悩みも吐露した。海外遠征や長期不在が増える今後、息子に「パパ、なんで行っちゃうの?」と聞かれる日を恐れている。
「3歳児に『仕事だから3週間帰らない』とどう説明すればいいんだ?」
それがプロの宿命だと自らに言い聞かせる彼には、華やかな舞台の裏にある家族との別離という影が付きまとう。それでも彼は行かなければならない。
故郷からのリスタート
故郷サンディエゴの空の下、シャウフェレは父親としての「リアルライフ」と、世界ランク6位としての「ツアーライフ」の交差点に立っている。日本での勝利を心の糧にしつつ、ボウリングの球ほどの重みがある愛息を家に残し、彼は再び戦いのフィールドへと足を踏み入れる。
「哺乳瓶」で与えられる的確な助言と、日本で掴んだ勝利の余韻を胸に。ザンダー・シャウフェレの2026年シーズンが、ここトーリーパインズから静かに、しかし力強く始まろうとしている。


