1970年代からアジア、欧州、北米などのコースを取材し、現在、日本ゴルフコース設計者協会名誉協力会員として活動する吉川丈雄が、ラウンド中に話題になる「ゴルフの知識」を綴るコラム。第54回目は、山口県山陽小野田市の海底炭鉱跡地を利用して作られた「若山GC梶コース」の歴史と、リンクスさながらの特異なプレー環境について。

「戻ってくるボール」と対話。
全英オープン挑戦者も訪れる強烈なシーサイドコース

画像: 海に囲まれた若山GC梶コース

海に囲まれた若山GC梶コース

山口県の山陽小野田市と聞いてすぐに思い浮かべるのはセメントだろう。だが、かつてそこには海底炭鉱があった。新幹線の各駅停車が1時間に1本ほど停まる厚狭(あさ)駅から車で15分ほど走ると、厚狭川の河口にたどり着く。その岸に近い場所に炭鉱があった。河口から先は瀬戸内海だ。

炭鉱は1955年から採掘が始まり、主に家庭用ストーブで使う有煙炭を掘り出していた。出炭量は15万1000トンにのぼり、掘る際に出るボタ(廃土)は坑口周辺の厚狭川を埋め立てるように積まれた。やがて採掘拠点と山陽町の海岸が接続して半島状になり、それまで渡るために使っていた桟橋は撤去され、歩いて行けるようになったのだ。石炭の需要が減少し廃坑になった時には半島は約10万坪という面積があった。

炭鉱の母体だった若山産業の2代目社長片岡敏郎はゴルフ好きだった。10万坪の半島をゴルフ場にしたらどうだろうか、と思いついた。コース設計は知人で茨木国際CCの沢田友春プロに依頼。1971年に着工し、12ホール、3575ヤード、パー44というコースが出来上がったのは75年のことだった。

フェアウェイは冬に青い洋芝がいいと考えた片岡は、京都にある種苗メーカーのタキイに自ら出向き洋芝の3種混合を18万円分購入し、従業員が仕事の合間に種まきをした。

画像: 若山GC梶コースにはまさにリンクスといった風景が広がる

若山GC梶コースにはまさにリンクスといった風景が広がる

コースの開場は75年4月。コース名は若山GC梶コース。半島状のため三方を海に囲まれたシーサイドコースで、適度な起伏はあるがフェアウェイは広い。中でもグリーンは高く造られており、本場スコットランドのリンクスを彷彿とさせるものがあった。

しかも吹き付ける風は陸上のコースとはかなり異なり強烈といってよいほどだった。実際にプレーをしてみたが、ハウス周辺ではあまり感じなかった風も、ひとたびコースに出るとその影響の大きさに驚かされた。アゲインストに向かって打ったボールが、弾道の頂点からティーイングエリアに向かって戻ってくるのが分かるほどだったのだ。

フォローの風では高く舞い上がりそのまま瀬戸内海まで飛んで行ってしまった。恐らくだが、季節により風の吹く方向や強さは変化することになり、実戦的な練習もできるに違いない。事実、全英オープンに挑戦するプロが練習のために訪れたと聞いた。

12ホールのコースだが、1番505ヤードのパー5、4番210ヤードのパー3、5番480ヤードのパー4、9番420ヤードのパー4と本格的なホールもあり決して容易なコースではなく、スコットランドのリンクスのように、風と対話しながらのプレーになるのは楽しいし、いいことだと思う。

もっといいと思うのが平日3400円、土日祝5200円で回り放題だということだ。しかも乗用カートでのプレーもできる。練習場でボールを打つのもいいが、リーズナブルでより実のある練習ができるのは嬉しい。

文・写真/吉川丈雄(特別編集委員)
1970年代からアジア、欧州、北米などのコースを取材。チョイス誌編集長も務めたコースやゴルフの歴史のスペシャリスト。現在、日本ゴルフコース設計者協会名誉協力会員としても活動中

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