スポンサー企業「アスタラ社」の存在
今回南米でKFTの大会が開催されたのは、コロンビア、アルゼンチン、チリだった。
アルゼンチンはゴルフの歴史と伝統が古く、今回のKFTに組み込まれたVISAアルゼンチンオープン(Visa Argentina Open)は、なんと世界で7番目に古いナショナルオープン(1905年創設)。元々、KFTと関係なくこの大会は優勝したら自動的に全英オープン出場権を得られるという格の高い大会だった。そもそも、アルゼンチンにゴルフを持ち込んだのが20世紀初頭の鉄道関係の英国人だった。面白いことに、同じ頃、ブラジルにフットボールをもたらしたのも鉄道関係の英国人で、南米にスポーツの文化を根付かせてくれたのが英国人たちだった。
そして、コロンビアとチリが組み込まれたのは、アスタラ社という有力スポンサーの存在が大きい。
このアスタラ社はスペインのマドリッドに本社を置き、主にヨーロッパ、中南米、そして近年進出した東南アジアの3大陸19カ国にまたがって事業を展開しているグローバル企業だ。元々は様々な自動車メーカーを取り扱うディーラーだったが、2021年からデータやテクノロジーを活用した「総合的なモビリティ・テック企業」へと戦略的なリブランディングをした。
スマホで完結の「Astara Move車両サブスクリプション」、メーカーに利用者のデータをフィードバックする「 Astara Intelligence(データ分析)」、24時間ネットで車が買えるAstara Store(デジタル販売プラットフォーム)と自社開発の高度な「デジタルプラットフォーム」で移動の自由を提供する会社になった。アスタラが提供するこれらのサービスは、「最新技術に敏感で、効率的なライフスタイルを求める層」に刺さる。すなわち、南米で言えば、ゴルフ場に集まるような富裕層なのだ。
どこの国にも格差があるが、南米のように格差が激しい地域は、富裕層は伝統的にずっと富裕層のままで、貴族のような生活をしている人もたくさんいる。アスタラ社がピンポイントで狙いたいターゲットそのものなのだ。
大会のタイトルスポンサーになるには賞金総額100万ドルにプラス、運営、権利料などで2億円は最低かかる。さらに、豪華なラウンジのVIPホスピタリティスペース、VIP用の贅沢な食事、最新の車両、EV(中国車)のショールーム設営、VIPがプロと一緒にラウンドする特別なプロアマ大会の運営とお土産など、これらのプロモーション費用を含めると、1大会あたりの総プロジェクト予算は3億円〜4億円規模に達していても不思議ではない。
それでも、同社にとってPGAツアー下部を支援することで、グルーバルかつクリーンなブランド力を使うことができる価値は大きく、新しいブランドアイデンティティをコロンビアとチリだけでなく、世界的にアピールする絶好の機会となっているのだ。

会場にはアスタラ社が扱うEV車が数多く展示されていた
さらには、ただのアピールではなく、その国の富裕層、企業家たちが集うことで、最高のもてなしの中で、法人契約を成約させたり、プレゼンティングスポンサーとして名前を連ねている金融パートナーとの顧客情報の共有などデータ収集の場にもなるわけで、アスタラ社にとっても、金融企業にとっても非常に質の高い交流の場になる。
ひいては、投資を回収できる目論みがある。そして、時代を感じさせる事項として、EV車の普及だ。アスタラ社は、「中南米でEVといえばアスタラ」という販売における独占的ポジションのブランド認知を急いでいる。すると、自動車メーカーからアスタラへの接近がもっと増えていくことで、有利な条件の契約ができるようになる。結果的に、ゴルフ大会の投資額以上の利益(仕入れコストの低減など)を生み出すことになるだろう。サンティアゴ市内の巨大ショッピングモールの中心にはテスラの車が並んでいた。EV車のシェア争奪戦の中、アスタラ社は積極的な中国EV車の販売、サブスクでモビリティ帝国を作ろうとしているのだ。
ボゴタ(コロンビア)で会場となったのは「カントリークラブ・デ・ボゴタ」、サンティアゴ(チリ)は「プリンス・オブ・ウェールズ・カントリークラブ」。どちらも街の中心地に位置し、富裕層、それも伝統的なファミリーしか会員になれない超名門クラブだ。アスタラの高級で洗練されたイメージとぴったりの場所だった。PGAツアーのラテンアメリカ戦略と、アスタラ社の戦略がマッチしてチャンピオンシップが開催されたというわけだ。
PGAツアーにとって、ラテンアメリカで強力なスポンサーを得ることは重要であり、さらに、「未発掘の身体能力の高いスター候補」がまだ大勢眠っていると確信している。
日本のようなゴルフカルチャーが成熟した市場とは異なり、まだ未整備なところもある。しかし、何が起こるかわからないワクワクさがラテンアメリカにある。荒々しい環境の中で、のし上がってくる類まれなポテンシャルを持った選手をPGAは待っているのだ。
ニコに続く、次なる才能へ
その一つの例が、2024年、日本で唯一のPGAツアーの大会だったZOZOチャンピオンシップでのことだ。舞台は、アコーディアゴルフ習志野カントリークラブ。松山英樹、ザンダー・シャウフェレ、コリン・モリカワ、マックス・ホーマ、サヒス・ティーガラ、イム・ソンジェ、リッキー・ファウラー、石川遼とスター揃いだった。日本の観客は、なんといっても元世界ランキング1位のジャスティン・トーマスが2022年の全米プロゴルフ選手権以来、約2年半ぶりに優勝することを待ち望んでいた。大勢のギャラリーはジャスティンの姿ばかりを必死に追っていた。同組の首位のニコというのが一体誰なのか、全くわからないまま。
最終ホールでジャスティンは意地のバーディを奪い、ニコにプレッシャーをかけた。が、ニコは全く動じずバーディを取り、1打差で逃げ切って優勝した。
あの時、この若者はいったい誰なんだ? と日本の観衆はざわめいた。私はあの場にいて、多分ただ1人「よし! 南米人よくやった!!! 日本人に南米のゴルフのすごさを見せてやったぞ!」と涙を流していた。コロンビア人、ニコ・エチャバリアこそが、PGAツアーが種を蒔いたPGAツアー・ラテンアメリカから這い上がっていった南米人だったのだ。

2024年のZOZOチャンピオンシップでJ・トーマスの猛追を振り切り優勝を果たしたエチャバリア
しかも、ニコの記録は、タイガー・ウッズの大会記録を塗り替える通算20アンダーで、決してまぐれで優勝したものではないことを証明していた。このラテン魂を目撃してくれたのは、日本の観衆だった。
ラテンアメリカのゴルフマーケットは決して欧米や日本のように成熟はしていないが、アスタラ社のような企業、PGAツアーの希望、そして、日本からも果敢に世界トップを目指す選手たちが来て切磋琢磨してくれるおかげで、新しい才能が生まれる可能性はまだまだある。
ニコは優勝後のインタビューで、家族への感謝と共に、ラテンアメリカの選手たちがPGAツアーで戦うことの意義を語っていた。
「タイガーが勝ったこの場所で勝てるなんて、現実とは思えない。この勝利をコロンビアの皆に捧げたい」
試合終了後、1分だけ時間をくださいと言って、彼はスマホを手にコロンビアの両親に電話して、喜びを分かち合い溢れる涙を止めることができなかった。ゴルフがメジャーなスポーツでないからこそ、ラテンアメリカ人たちは少数精鋭で国を背負っているのだ。
ラテンアメリカからのパスウェイを証明した29歳のコロンビア人、ニコの後に続く才能がこの先もきっと生まれるに違いない。
大野 美夏(Mika Ono Kibe)
スポーツジャーナリスト
岐阜県出身。立命館大学卒業後、JICA海外協力隊員としてブラジルへ渡り在住34年。ブラジル初の日本人女性スポーツジャーナリスト。南米サッカーの深層を追い続け、ブラジル代表をはじめ、FIFAワールドカップやリオ五輪など数々の国際大会を現地で取材。当時まだ14歳だったネイマールを日本メディアに初めて紹介するなど、現地に根ざした圧倒的なネットワークには定評がある。共著に『彼らのルーツ サッカー「ブラジル」「アルゼンチン」の代表選手の少年時代』。
サッカーを軸に、そこから繋がる他のスポーツ、教育や社会のありようまで、南米の「生」の姿を多角的に発信。「人に歴史あり」という好奇心を原動力に、スター選手から有名無名を問わず、一人ひとりの背景にある物語を等身大の視線で描き出す。
また、ゴルフ歴19年、USGAHCインデックス13.1のアマチュアゴルファーとしての顔も持ち、米PGA下部コーンフェリーツアーのプロアマ出場や、サンパウロ州ゴルフ協会クラブ対抗戦への参戦、PLゴルフクラブの女子キャプテンを歴任。1年中温暖な気候のサンパウロならではの週3回のラウンドを楽しむなど、ゴルフ愛はかなり強め。