「男子ならではの迫力と技術を」長男・智春氏と選手会長の決意

全員で黙祷をささげる(撮影/姉崎正)
全員での黙祷から始まったセレモニー。最初にマイクを握ったのは、千葉県から急遽駆けつけた長男の尾崎智春だ。

急きょ駆け付けた尾崎智春(撮影/姉崎正)
「父親は生前、男子ツアーのさらなる盛り上がりを本当に願っておりました。男子ならではの迫力、そして技術、白熱した試合展開などを期待しておりますので、皆様どうかこれからも頑張ってください」と、父の想いを代弁して選手たちを激励した。
続いて、選手を代表して阿久津未来也選手会長が登壇。「尾崎将司プロは日本のゴルフ界にとって常に偉大な存在でした。今日のこのセレモニーは、感謝の意を伝えると同時に、これからの男子ゴルフ界の発展を決意する場でもあると思っています」と、ジャンボの魂を受け継ぎ、ツアーを盛り上げていく強い覚悟を口にした。
「ゴルフは体・技・心なんだ」池田勇太の熱きジャンボ愛

用紙3枚に思いのたけを書き連ねた池田勇太(撮影/姉崎正)
そして、セレモニーのハイライトとなったのが、今大会に出場する選手でジャンボと最も親交が深く、師と仰いでいた池田勇太の弔辞だった。
「ジャンボさんは私にとって憧れ、目標、尊敬、夢を与えてくれる人、師匠、スーパースター、その全てです。小学生の頃、毎週末テレビに映っていたジャンボさんはとにかく強い。ゴルフも喋りも全てかっこいい。そんなジャンボ尾崎に憧れてプロゴルファーを目指し、今日があります」
2003年、当時17歳の池田がブリヂストンオープンで初めて同組になった際、恐る恐る挨拶に行った若き池田に対し、無言のまま鋭い視線だけを向けたジャンボ。「その姿が最高にかっこよかった。1番ティーにファンがあふれんばかりに押し寄せる中で平然とドライバーを振り抜く姿を目に焼き付けてしまいました」と振り返る。
池田のボールに刻まれている「33」という数字の秘話も明かされた。
「ゴルフ界における永久欠番『33番』をいつか使わせていただきたいと生意気にも思っていました。2009年に日本プロで初優勝し、ご報告に行った際に『使わせていただいてもよろしいでしょうか?』とお聞きしたら、『永久欠番だぞ』と許可をいただけたんです。それ以来、もちろん永久に33を刻ませていただいています」
さらに一昨年、顎の治療で予選落ちを繰り返し、どん底の状態だった池田を気遣い、ジャンボはこう声をかけたという。
『ゴルフは心技体ではない、体技心なんだ。だからまず体を治せ、そして技術を学びに来い』
「この言葉にどれだけ励まされたことか。本当に愛情深い方でした」と、池田は声を震わせた。
最後に池田は、自身の決意を四字熟語で表現した。
「『死して後已む(ししてのちやむ:目的を達成するまでは死ぬまで努力を続けること)』。ジャンボさんに『俺をまだ尊敬しているのか?』といつものジョークで聞かれたことがありますが、私の永遠の憧れは一生私の心の中に生き続け、尊敬し続けます。今シーズン必ず優勝し、(尾崎氏が眠る)宍喰に報告に行きます。待っていてください」
天国へ届け! 18人の選手による豪快な追悼ショット
熱いスピーチの後は、ゴルフの1ラウンド・18ホールにちなみ、18名の選手による「追悼のショット」が行われた。

6人ずつ3組がジャンボ尾崎の使用ボールでティーショットした(撮影/姉崎正)
選手たちがティーアップしたのは、この日のために用意されたジャンボが実際に試合で使用していたオウンネームボール。阿久津未来也、池田勇太、岩﨑亜久竜ら第1組の6名から順にティーグラウンドに横一列に並んだ。

ジャンボ尾崎の使用ボール(撮影/姉崎正)
一斉に打つという慣れないシチュエーションに選手同士で笑顔がこぼれる場面も。ジャンボが愛したゴルフらしい和やかな空気の中、カウントダウン「3、2、1!」の合図とともに、天国へ向けて豪快なドライブ音が響き渡った。
岩田寛、小平智、大岩龍一らの第2組、そして堀川未来夢、永野竜太郎らの第3組と続き、計18発の力強い白球が大空へと吸い込まれていった。
プロアマで配られた記念ボール
プロアマで配られた記念ボール
なお、この日のプロアマ大会に参加したゲスト全員には、感謝の意を込めてジャンボ愛用の「M.Ozaki 33」の刻印が入ったボールがプレゼントされるという。

セレモニーでは尾崎将司の「少年のときめきで」が流れていた
偉大なるスーパースターの背中を追いかけ、その魂を胸に刻んだ選手たち。彼らがどのような熱い戦いを繰り広げ、国内男子ツアーに新たな歴史を刻むのか。開幕戦「東建ホームメイトカップ」は、いよいよ明日、熱狂の幕を開ける。


