「岡田美智子プロ、試合でエージシュート達成」というニュースを近年、何度聞いただろうか。今年81歳を迎えた“第1期生”の女子プロが、「週刊ゴルフダイジェスト」4月28日号にゴルフと人生を長く楽しく続けていく秘訣を語ってくれた。「みんなのゴルフダイジェスト」では、キャディから女子プロ1期生となった道のりや恩師・中村寅吉とのエピソード、夫と二人三脚で掴んだ最年長優勝の裏話など、そのインタビューの一部をお届けする。

岡田美智子(おかだ・みちこ)
岡田美智子のプロフィール
おかだみちこ・1945年生まれ、福島県いわき市出身。18歳でゴルフを始め、67年日本女子プロゴルフ協会に1期生として入会。69、70年と樋口久子に次ぐ賞金ランク2位。74年中村寅吉に師事し75年にツアー初優勝後、57歳までにレギュラーツアー通算10勝。現在もレジェンズツアーなどで活躍。
81歳のアスリート!「プロの人生、108歳まで満開だね」
女性のエージシューターは少ないが、プロとなるとより貴重だ。終戦の年生まれ、現在81歳の女子プロが、どんな姿で現れるのかと思い待っていると、おしゃれなアスリートが颯爽と現れた。「カッコいい」という言葉がぴったりだ。
ピアスも時計もウェアもグローブもキャディバッグも大好きな黒と白でコーディネート。ネイルはピンクで「今、春ですから。女子プロはおしゃれなほうがいいですよ」。「とても若いですね」と思わず言葉が出た。
「私は前向きなだけです。今も、飛ばす若い選手と回ると心は乱されますし、『悔しい』って思いますけど、それをコントロールして自分のゴルフを組み立てることが面白い。知人に、『プロの人生、108歳まで満開だね』って言われました。108歳のときもよいスコアで回っていたいですね」(岡田・以下同)
キャディから女子プロ1期生へ。中村寅吉への弟子入り
岡田美智子は、いわき市の中学を卒業後、洋裁学校を中退して集団就職で上京、川崎国際CCでキャディとして働くこととなった。
「当時キャディは実入りがよかった。山崎製パンかキャディかと言われていた時代です。お客さんが『かわいい子が入った』とチップをくれるので、あまり裕福ではなかった実家にそれを仕送りし、母がすごく喜んでくれました。金田正一さんやジャイアンツの選手のバッグも担ぎましたね」
余剰の時間を使ってゴルフを始めた。すぐにハマった。「これから“女子プロ”という職業ができる」と聞き、「なりたい!」と思った。
「プロになった森憲二さんたちと朝5時くらいから、人目につかない木の下なんかで練習して、切磋琢磨していました」
1967年、日本女子プロ協会の第1回プロテストに合格、樋口久子らと第1期生となる。
「チャコ(樋口)は断トツで上手かったですね。彼女は中村寅吉先生に教わっていました。私はなかなか優勝できなくてね。あるとき東海クラシックで中村寅吉さん、林由郎さん、チャコと4人で回って、中村先生が『お前、どうしようもないな、俺のところに来るか』と言ってくれたのです。次の日にはお電話していました」
“寅さん”に弟子入りしたのは29歳のとき。ここから通い続ける伊勢原ゴルフセンター(69年創業)は、岡田の人生の一部となった。
「軸をズラすなと頭を引っ張られたり、ひざで腰を蹴られたり、厳しい指導でした。でも、ショットの精度は格段に上がりましたね」
恩師の言葉で結婚。夫の支えで掴んだ50歳での最年長優勝
メキメキと頭角を現し75年に十和田湖国際女子オープンで初優勝。その後も堅実な活躍を見せる。
“寅さん”の教えをさらに聞こうとすると、「中村先生には感謝しかない。『あの男がいい』と言ってくれて……」と話は違う方向へ。
「先生の車を運転しながら『私、一生結婚せずにゴルフをやります』と言うと、『女は結婚しないとダメだ。今練習場に来ている真面目そうな男、あいつはいい』と言うんです。そのとき打席で日々黙々と練習していた男性がいて、それが主人だったのです」
そのご主人、佐藤暁氏に、中村はいきなり「一緒になれ」と言ったのだという。
「有無を言わさずの言葉に彼も『うん』と答えていました(笑)。中村先生が“仲人”なんですよ。先日のお彼岸にもお墓参りに行ってきました。先生がいたから私たちは今こうして2人でいられます、と菊の花とカーネーションを供えてきました」
ゴルフにも人間にも“目利き”の寅さんのおかげで、岡田の人生は確実に豊かになっていく。
「結婚したのは夫が28歳で私が30歳のとき。福島市出身で秋田大学を出て日立製作所でコンピューターのエンジニアをしていました。ゴルフは入社して始めたのですが、45歳でPGAのティーチングB級の資格を取ってレッスンを始めたんです。優秀な技術屋さんが、プロという特殊な人間と一緒になってくれてね……」
寅さんからは「10勝して一人前だ」と言われたという岡田。“プロゴルファー岡田美智子”をサポートするため、傍らに居続けてくれるよき“相棒”がいたのだ。
「結局10勝目は50歳と11カ月で。夫は私のために一生懸命応援してくれ、『僕は岡田美智子のファンだ』と言ってくれます。いつの間にか、のろけていますね(笑)」
95年に大王製紙エリエール女子オープンで小林浩美らに2打差をつけて50歳312日で優勝。これはJLPGAの最年長優勝記録であり、ギネス世界記録にも認定された。

ツアー4勝目の78年「LPGA美津濃ジャパンクラシック」で。レギュラーツアーでも長く活躍してきた
岡本綾子との激闘、そして今も続くレジェンズでの挑戦
思い出深い試合は92年の廣済堂アサヒカップだという。
「岡本綾子さんと最終日を回り、13番くらいで7打差リード、『今日はもう岡田さんで決まりだ』なんて。『私のパットは入らない』と言うから『カップまで届いてないでしょう』なんて途中で楽しくおしゃべりもして。私は好きな高麗グリーンで2~3メートルが全部入った。最終ホールを前に綾子さんが『岡田さん、ウィニングボールはもっと遠くのほうに投げたほうがいいわよ』と指図する(笑)。でも、優勝が決まって『岡田さん、おめでとう』と言ってくれたのが本当に嬉しかった」
02年には57歳274日の最年長予選通過を達成。レギュラーツアーを引退したのは58歳のとき。
「50歳までやれるかどうかが一つの勝負。私はシードを落とさなかったから1年間のスケジュールが組めた。シード落ちしたらいろいろ覚悟が必要になりますから」
この後、新しく生まれたレジェンズツアーにも積極的に出場し、21年にはツアー最終日に1バーディ3ボギーの75で回り、76歳でエージシュートを達成、昨年8月のレジェンズ選手権明治安田カップの2日目には、80歳で公式戦8度目のエージシュートを達成。その日も黒白のボーダーと黒のミニスカート、黒のハイソックスでキメていた岡田なのである。
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「週刊ゴルフダイジェスト」4月28日号や「Myゴルフダイジェスト」では、どんな話をしていてもいつの間にか“のろけ”になっている夫婦間のお話やエピソード、なぜ長年にわたり活躍し続けられるのかなど、彼女のよりパーソナルな部分について話を聞いた。
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撮影/小林司
協力/伊勢原ゴルフセンター
週刊ゴルフダイジェスト4月28日号「~強者シニアのゴルフライフ②~ 岡田美智子『生まれ変わってもプロゴルファーになりたい』」より一部抜粋
