悲劇の飛行機事故から生まれた壮大な夢
大会ホストのジャック・ニクラスがこのコースを構想したきっかけは、ある痛ましい出来事だった。1966年のマスターズ開催時、親友であるボブ&リンダ・バートン夫妻、そしてジム&ジェレッタ・ロング夫妻が飛行機事故で亡くなったのだ。深い悲しみに暮れ、試合の欠場さえ考えていたニクラス。しかし、亡くなったボブの妹であるマージーから「ボブはあなたにプレーしてほしいはずだ」と強く説得され、前を向いてプレーを続行した。
そのマスターズの期間中、友人のアイバー・ヤングから「オーガスタのようなものを地元コロンバスに持ち帰ってはどうか」と提案されたことが、すべての始まりだった。悲しみを乗り越え、地元オハイオ州コロンバスに世界に誇れるゴルフ場とトーナメントを創る。それが、ニクラスの新たなる不滅の目標となったのである。

今年のマスターズでもオナラリースターターを務めたジャック・ニクラス(撮影/岩本芳弘)
広大な土地と「利益を求めない」帝王の哲学
夢の実現に向けた道のりは壮大だった。土地探しは難航を極め、当初想定の150エーカーから紆余曲折を経て、最終的にはウィリアムズ家から1100エーカー以上の広大な土地を購入。資金面でも、オハイオ・カンパニーを通じて当時としては破格の245万ドルを調達する一大プロジェクトとなった。
特筆すべきは、ニクラスがこの事業において自身の利益を徹底的に排除したことだ。他のプロたちから「自身の利益のためにプロを集めている」と誤解されたくなかったニクラスは、自分が一切儲からない仕組みを構築した。彼は187エーカーのゴルフコース用地を15万5000ドルで取得したが、10年後にクラブへ同額の15万5000ドルで買い取らせている。「今の時代にあの土地を15万ドルで買えるわけがない」と本人が笑って振り返る通り、純粋なゴルフへの献身がこの名門を形作ったのだ。
さらに、大会の私物化や権力の集中を防ぐため、ニクラスはバイロン・ネルソンやショーン・コネリーなど各界の重鎮からなる「キャプテンズ・クラブ」を設立。ニクラス自身はあえてこのメンバーには入らず、毎年の表彰者の選定などを彼らに完全に一任することで、創設者としての真摯な一線を画し続けた。
ジョーンズへの敬意と、世界一タフな最難関ホール
大会のネーミングにも彼の美学が宿る。ボビー・ジョーンズがマスターズを創設した際、「チャンピオンシップと呼ぶのはおこがましい」と考えたことに倣い、あえて「トーナメント」と命名。そして、初代PGAツアーコミッショナーのジョー・デイが提案した「過去の偉大な先人たちを称える(メモリアル)」というコンセプトが融合し、現在の格式ある大会名が誕生した。
地元への優しさから生まれた聖地だが、闘う選手に対しては極めて厳しい牙をむく。特にフィニッシングホールの18番は、2003年以降の累計で選手たちが「+2,186」もスコアを落としているコース内最難関の怪物ホールだ。
2014年、この難攻不落の18番でドラマを作ったのが松山英樹だった。最終日に強風でグリーンが硬くなり上位陣が次々と脱落する過酷な状況のなか、松山は18番で約1.7メートルの痺れるバーディパットを沈めて土壇場でプレーオフに持ち込んだ。そしてプレーオフの1ホール目(18番)、見事に約3メートルのパーパットをねじ込んで勝利を掴み取ったのである。
今大会、松山英樹はアンドリュー・ノバクと同組でティーオフを迎える。50年の歴史と帝王の哲学が詰まったこの難コースで、再び日本のエースがトロフィーを掲げる姿を見られるか。伝統の一戦が、いよいよ幕を開ける。
