ローリー・マキロイの視点:伝統の死守とグローバル化の理想
「スコットランドオープンこそが、ナショナルオープンの『理想形(ブループリント)』だ」

スコットランドオープンがナショナルオープンの理想形と話すローリー・マキロイ(写真は26年トゥルーイスト選手権、撮影/岩本芳弘)
ルネサンスクラブに降り立ったローリー・マキロイは、共催化によってかつてないほど強固なフィールドとなった現在のスコットランドオープンを高く評価した。彼は会見で、「初めてここに来た時は、新しすぎるコース(2007年開場)に魅了されなかった。しかし年を重ねるごとにこのコースは私の中で成長し、この大会にふさわしい本当に素晴らしい舞台になった」と率直に明かしている。トップ選手たちが集い、コースが育ち、大会が進化していく。それこそが彼の考える理想の姿なのだ。彼の視線はさらに先を見据えており、「例えばカナダオープンも共催となり、全米オープンの前哨戦になれば面白い」と、ナショナルオープンを軸としたグローバルな連戦構想にまで思いを馳せる。
しかし、その理想は、進行中のツアー改革とは必ずしも噛み合わない。2028年から導入される新制度では、「両シリーズの選手はそれぞれのシリーズ内でのみ出場権を有し、相互の大会には出場できない」「チャンピオンシップシリーズ(賞金総額2000万ドル)の出場選手数に固定枠はなく、補欠リスト(シリーズ外からの補充)も存在しない」という厳格な分断ルールが敷かれる。
この「完全な分断」こそが、誰にでも開かれたナショナルオープンの精神を根本から破壊しかねないとマキロイは危惧している。出場選手が少人数に限定されるクローズドな大会が増加していく現状に対し、彼は強い危機感を露わにした。
「そんなことをすれば、ナショナルオープンはその本質(ファブリック)を失ってしまう。閉ざされたトーナメントになってしまったら、もはやそれを『ナショナルオープン』と呼ぶことはできない」
彼は、エリート大会化するトラベラーズ選手権などと同列に扱うべきではないとし、「これらの大会には、もう少し配慮(ニュアンス)が必要だ」と、誰にでも開かれた伝統ある大会の死守を強く訴えかけた。
ロバート・マッキンタイアの視点:地元スコットランドの現実路線
一方、地元スコットランドが誇るヒーローであり、一昨年の大会覇者でもあるマッキンタイアの視点は、驚くほどクールで現実的だった。アメリカ主導のマネーゲームが加速する中、母国のナショナルオープンはどうなるのか。彼はその熱狂と明確に距離を置いている。

総額2000万ドルの大会はスコットランドでは現実的でないと話すロバート・マッキンタイア(写真は25年ツアー選手権、撮影/岩本芳弘)
「この大会が2000万ドル(超高額賞金)のイベントになるとは思わない。今のアメリカとは状況が違うスコットランドで、2000万ドルの大会をやるなんて、少し狂っている(bit mad)」
彼は、身の丈に合わない高額賞金化を否定し、「欧州ツアーのハイエンドイベント(ロレックスシリーズ)であるべきだ。金銭面においては、もっと現実的になる必要がある」と言い切る。
それでも、大会の存続自体については悲観していない。
「全英オープンの前に開催されるべきだし、出場資格の特例などが適切に設けられれば、スコットランドオープンの将来は『完全に大丈夫』だと思っている」
地元を知り尽くす男だからこそ、マネーゲームに飲み込まれることのない、地に足の着いた大会の生き残り策を見据えていた。
岐路に立つ文化的財産
2020年大会の覇者であるアーロン・ライもまた、変革の波の中で伝統を守る意義について、選手たちの想いを代弁するようにこう語っている。
「ナショナルオープンは本当に重要だ。自分のルーツに近ければなおさらだが、そこには他の大会にはない”歴史”が伴う。ゴルフや他のスポーツにおいても、できる限り守っていくべき重要な場所なんだ」

左からロバート・マッキンタイア、ローリー・マキロイ、アーロン・ライ(写真は26年全米プロ、提供/PGAオブ・アメリカ)
マキロイが熱く語る「開かれた伝統の死守」と、マッキンタイアが静かに語る「アメリカのマネーゲームとは一線を画す現実路線」、そしてライが強調する「歴史的価値」。一人はグローバルな視点から伝統の本質を問い、もう一人はローカルな足元から大会のリアルな生存戦略を語った。
PGAツアーがビジネスとしての合理化を冷徹に推し進める中、「ナショナルオープン」というゴルフ界の大切な文化的財産は、果たしてどのような形で次代へと受け継がれていくのだろうか。その答えはまだ、深いラフの中に隠されている。
