フェンスを越えた少年が、主役として帰還する
今年、その30万人の大歓声と途方もない期待を、誰よりも特別な思いで全身に浴びる男がいる。地元サウスポート出身のトミー・フリートウッドだ。
彼にとって、今年の舞台であるロイヤルバークデールは単なるメジャーの開催コースではない。自身のゴルフ人生を形作った「故郷の庭」そのものなのだ。会見で記者から「子供の頃、コースに忍び込んだことがあるのでは?」と問われると、フリートウッドは「1、2回はやったことがあるよ。毎日じゃないけどね」と、いたずらっぽく笑ってみせた。

地元開催の全英オープンで初のメジャー戴冠が期待されるトミー・フリートウッド
彼がプロゴルファーを夢見る原点となったのは、自身が7歳だった1998年にこのロイヤルバークデールで開催された全英オープンだった。当時、少年だったフリートウッドは会場のテント村で、憧れのコリン・モンゴメリーから5分ほど時間を割いてもらい、サインをもらうという素晴らしい思い出を作っている。フェンスを越えて憧れのプロに目を輝かせていた少年が、今度は自分が子供たちに夢を与える番として戻ってきたのだ。
時の流れは美しい輪廻を描く。現在、彼の息子であるフランキー君は8歳になり、かつての自分とほぼ同じ年齢で「父親が大舞台で主役としてプレーする姿」をロープの外から観戦することになる。これ以上ないほどドラマチックな、世代を超えた帰還である。
契約フリーの強み?「プロショップで買った服を着るよ」
そんな人間味あふれるエピソードで注目を集めるフリートウッドだが、現在の彼は単なる「地元の愛されキャラ」ではない。前年度の米ツアー年間王者(フェデックスカップ覇者)であり、世界ランキング9位に君臨する「優勝の大本命」としてこの地に堂々と帰ってきたのだ。世界最強の一人としての緊張感を纏いながらも、彼はどこか自然体である。
アパレルメーカーとウェア契約を結んでいない彼は、ツアーを戦う上で独自の楽しみを見つけている。
「ペブルビーチでプレーしたとき、『ロゴがかっこいいし、素晴らしい場所だ』と思って、自分でプロショップに行ってウェアを買ったんだ」と彼は明かす。契約の縛りがない自由を活かし、訪れた土地のオリジナルグッズを身につけてプレーを楽しんでいるのだ。
もちろん、このロイヤルバークデールでも例外ではない。
「地元(サウスポートやバークデール)のものを身につけるのは、すごくクールで素敵なことだと思う。どうなるか見ていてよ」と、今週の試合でも自ら購入したローカルグッズを着用する可能性を示唆している。世界的なビッグイベントの最中にあって、どこか地元の草トーナメントを楽しむような彼のおおらかさが、多くのファンを惹きつけてやまない。
メジャー初制覇の夢と、イングランドの悲願を乗せて
「サウスポートという街で育つという幸運に恵まれた人間にとって、バークデールでの全英オープンは、この地域において本当に特別な意味を持つんだ」
30万人という途方もないスケールの熱狂と、一人の青年が抱く「地元への愛」という極めてパーソナルな想い。しかし彼が今その肩に背負っているのは、サウスポートの街の期待だけではない。彼が勝てば、イングランド人選手としては1992年のニック・ファルド以来、実に34年ぶりとなる全英オープン制覇という国を挙げた悲願達成となるのだ。
圧倒的なホームのアドバンテージと、それ以上の歴史的重圧が交錯するロイヤルバークデール。あの日コースに忍び込んだ少年が、かつての自分と同じ年齢になった息子の前で、イングランドの悲願を懸けてクラブを振り抜く。その誇り高き姿から、決して目が離せない。
写真/R&A提供
