1970年代からアジア、欧州、北米などのコースを取材し、現在は日本ゴルフコース設計者協会名誉協力会員として活動する吉川丈雄が、ラウンド中に話題になる「ゴルフの奥深い知識」を綴るコラム。第77回目は、ゴルフ用語・習慣として親しまれている「19番ホール(プレー後にバーで仲間と談笑するアフターゴルフの習慣)」の歴史的ルーツと、それにまつわる日英のユニークなエピソードについてお届けする。

プレー後の会話を楽しむ大切な社交場――英国の伝統「19番ホール」

画像: ゴルフが終わった後は仲間と飲み(通称19番ホール)に行く…なんて方も多いだろう(※写真はイメージ)

ゴルフが終わった後は仲間と飲み(通称19番ホール)に行く…なんて方も多いだろう(※写真はイメージ)

18ホールのプレーが終わったあと、バーに寄って今日のゴルフ内容についてあれこれと話しながら仲間とひと時を過ごすのも、ゴルフの楽しみでもある。これが俗にいう19番ホールだ。英国のゴルフ場には必ずバーが設置されている。ゴルフのプレーはもちろん、バーで会話を楽しむ時間も含めて“同好の士”による大切な社交なのだ。日本の古いコースにもバーは存在するが、近年の飲酒運転防止の観点などから使われる機会は少なくなっているようだ。

英国は真夏であっても天候次第で気温がぐっと低下する。日本のようにプレー後に風呂に浸かって汗を流し、体を温める習慣はほとんどないため、特別な用事がなければプレー後はそのままバーへ直行することになる。

では、この「19番ホール」はいつ頃からあったのだろうか。

スコットランドのエジンバラからミュアフィールドへと向かう街道筋に、マッセルバラの競馬場がある。この競馬場の中に位置するのが「マッセルバラ・オールドコース」だ。

歴史を辿ると、1567年にスコットランド女王メアリーとボスウェル伯がこの場所でプレーをしたと伝えられている。ゴルフ場の正式な記録としては1672年のものが残されており、最も古い歴史を持つコースの一つとされてきた(のちにセントアンドリュースなどがより古い歴史を持つことが証明された)。競馬場の中にコースがあると書いたが、実際には古くからあったコースを囲むようにして後から競馬場が造られたのだ。

最初は7ホールだったこのコースでは、1874年、77年、80年、83年、86年、89年の計6回、全英オープンが開催されている。コースには6つのクラブが同居していたが、その中で最も有名だったのが「ジ・オナラブル・カンパニー・オブ・エジンバラゴルファーズ」だ。彼らは後年、約20キロ離れたイーストロジアンの海岸地帯にオールド・トム・モーリスの設計でコースを建設。1925年にハリー・コルトにより改造され、現在は18H・7245Y・P71の規模を誇る(これが現在のミュアフィールドだ)。

マッセルバラ・オールドコース(規模は9H・2954Y・P34)の4番グリーンに接するコース境界線の外側に「ミセス・フォアマンズ(Mrs. Forman's)」という有名なパブがある。かつてここで飲み物などが提供され、プレーヤーたちが喉を潤してきた。1930年にはボビー・ジョーンズも立ち寄ったと伝えられており、現在は閉鎖しているが、これが最初の“19番ホール”とされている。

画像: メイプルCCの7番グリーンと岩手山

メイプルCCの7番グリーンと岩手山

バーとしての19番ホールとは趣が異なるが、物理的なホールとして「19番ホール」を持つユニークなコースが日本にある。世界の名ホールをオマージュして造られた岩手県のメイプルカントリークラブ(18H・6528Y・P72、1987年開場 / 設計・金田武明)だ。

ここには18番グリーンを終了しハウスに戻る途中に、69ヤード・パー3の19番ホールが存在する。ホール名は「どんとはれ」。岩手の遠野方言で「おしまい」を意味する言葉だ。ハウスに戻る直前にもうひと勝負をすることができるユニークな仕組みとなっている。

小さなグリーンの中にバンカーがある個性的なデザインで、実際にプレーしてみたが、69ヤードでやや打ち下ろしのシチュエーションはスウィングの力加減が非常に難しかった記憶がある。同伴者3人のうち、見事グリーンに乗せられたのは自分だけだった。

ハウスに戻る手前で用意されたゴルフ場ならではの遊び心には、思わず「いいな」と感心させられたものだ。

文・写真/吉川丈雄(特別編集委員)
1970年代からアジア、欧州、北米などのコースを取材。チョイス誌編集長も務めたコースやゴルフの歴史のスペシャリスト。現在、日本ゴルフコース設計者協会名誉協力会員としても活動中。

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