今年のAIG全英女子オープンで海外初優勝を飾った桑木志帆。日本人7人目の海外メジャー制覇の快挙だ。彼女を高校時代に指導した山岸優子、そしてその師匠である成田司。週刊ゴルフダイジェスト9月8日号では、山岸と成田のそれぞれに話を聞いている。そして、その発言から勝利を呼び込む教えが見えてきた。その内容の一部を「みんなのゴルフダイジェスト」でもお届けする。

プレーオフの死闘と恩師の祈り――「我の強さ」を超えて掴み取った世界一

そのとき山岸は、「負けるかもしれない」と、思った。

AIG全英女子オープン最終日。5アンダーの単独首位でプレーを終えた桑木志帆だったが、最終組で回るエスター・ヘンセレイトが、18番ホールで劇的なロングパットを決めて桑木に追い付き、試合はプレーオフに突入したのである。ただ、桑木はプロデビュー以来、プレーオフの勝利がない。桑木の出身校である岡山理科大附属高校ゴルフ部監督・山岸優子(43)は、それを知っていた。だから、山岸に悲観的な考えが浮かぶのも仕方のないことであった。

画像: ジュニア時代の桑木。試合に負けて大泣きして帰ってきたときも、夜遅くまでずっと素振りをしていた

ジュニア時代の桑木。試合に負けて大泣きして帰ってきたときも、夜遅くまでずっと素振りをしていた

迎えたプレーオフ1ホール目。山岸の悪い予感が的中し、桑木はティーショットを右に曲げ、深いラフに打ち込んでしまう。山岸に「またか」という思いと、高校時代の桑木の姿が浮かんだ。

桑木は、とにかく練習熱心で、自我の強い子だった。誰よりも練習をしていたし、自分が信じているものに関しては絶対に譲らないという頑固さがあった。それが桑木を強くしたと、山岸は思う。しかし、強すぎる自我は裏目に出ることもある。

たとえば、パー5の第2打。桑木はあまりよくないライから3Wを持ってミスをすることがあった。山岸はその危うさを指摘したが、桑木は「いけそうな気がしたから」と受け流し、逆に結果を出してくることもあった。その頃の桑木と、いまピンチに陥っている桑木の姿が重なる。「無理をしないで」と、山岸は祈った。

第2打。山岸の心配をよそに、桑木は冷静にレイアップし、粘り強くパーを奪取する。そんな桑木の姿に山岸は「大人になったな」と安堵しつつ、これで流れが変わるかもしれないと思った。

桑木がティーショットを曲げた時点で、相手は少なからず期待をしている。しかし、桑木がパーで切り抜けたことで、相手の期待は失望へと変わり、わずかでも隙が生まれる可能性がある。そうすれば、桑木に勝機が訪れるからだ。

画像: 個性的な外見で堂々と堅実なプレーを見せた桑木。海外メディアからも注目される存在となった

個性的な外見で堂々と堅実なプレーを見せた桑木。海外メディアからも注目される存在となった

果たせるかな、ヘンセレイトはプレーオフ2ホール目のティーショットを大きく右に曲げてボギー。対する桑木は、パーでしのぎ、AIG全英女子オープン優勝という大金星を手に入れることとなる。

勝利を決め、両手を上げる桑木。それを見た山岸は、嬉しいというより、ほっとしたという。それは長年桑木を見てきた指導者の、家族にも似た感情だったに違いない。そして、山岸はテレビの中の桑木に、「初のプレーオフの勝利が全英かよ」と、突っ込みを入れた。

向き合い、ともに考え、個性に合うものを見つけていく

画像: 写真左の黒いキャップが桑木。「負けて涙を流すのは、常に真剣だという証拠」と山岸は話す

写真左の黒いキャップが桑木。「負けて涙を流すのは、常に真剣だという証拠」と山岸は話す

山岸優子がゴルフを始めたのは、小学校1年のときだった。当時ハンディ0だった父親の姿を見て、「私もやりたい」と頼み込んだのだという。そうして山岸は、成田司(78)の指導を受けることとなる。

成田は、石川県を足場に、長年ジュニアゴルファーの指導をしてきたレッスンプロである。93年には、レッスン・オブ・ザ・イヤーに輝き注目されるが、「自分は田舎が好きだから」と、石川を離れることはなかった。

成田には夢があった。石川の地でジュニアを教えて、トーナメントで活躍するプロに育てるという夢だ。プロを目指すのであれば、スタートは早いほうがいい。自分はゴルフを始めるのが遅く、トーナメントに出る夢は叶わなかった。その夢を教え子たちに託したいという気持ちもあった。

ジュニアを教える秘訣は「友だちになることだ」と成田は言う。子どもはみんな、家庭も違えば性格も違う。偉そうにしていたらなつかれないし、言うことなんか聞いてくれない。だから、まずは話を聞いて仲良くなることが大切なのだと。以前、成田はこうも話していた。

「自分は学校で落ちこぼれだったから、やんちゃな子を放っておけない」

成田のスクールには、反抗的な子や不良と呼ばれる子もいた。そんな子には、何が不満なのかを聞くことから始め、「お前たちのような子のほうがスポーツは強くなるものだ」と言って、根気よく付き合った。

そういう気持ちは、ジュニアたちにも伝わるのであろう。学校では上手く立ち回れない子や、親に反発する子たちも、成田の話には耳を傾けた。山岸も、「(反抗期には)父親の言うことなんて聞かなかったけれど、先生の言うことは聞いていたと思う」と、笑った。

ひとつのセオリーを押し付けるのではなく、レベルもクセも違うプレーヤーにひとりひとり向き合い、ともに考え、その人に合ったスウィングを見つけていく。成田は、そんな教え方をする人である。だから、成田は人によって教えることがまったく違った。山岸も、「先生、あの子に言ってることと私に言ってることと全然違うじゃん」などと文句をつけたこともあったという。

また、成田はときどき突拍子もないことを言い出すことがあった。あるとき、チーピンに悩む山岸に成田は、「壁にトウをつけて構えたら、トウを壁につけたままヘッドを真上に上げ、そこから体を回してスウィングするんだ。トップでは右手のひらを空に向けるんだよ」と言い出した。「こんな練習に何の意味があるんだ?」と山岸は思ったが、それを続けていると、チーピンは改善された。

成田は、「スウィングはタテの動き(手首のコックなど)と横の動き(体の回転)の組み合わせだ」と説く。チーピンが出るのは、フェースがシャットになり、タテと横のバランスが崩れているからである。トウを壁につける練習は、それを整えるドリルだった。

ただ、成田は、ジュニアの山岸にそんな説明はしなかった。言葉は使い方次第で薬にも毒にもなり、理論はときに感性を潰す。感性を潰せば、その子の成長を妨げることになりかねない。成田はそれを避けたかった。何より、当時の山岸は感性の塊だった。それを大事にしたかったのである。

成田司

1948年生まれ。1977年プロ入り後、レッスン一筋で、アマチュアゴルファーの上達のために尽力する。最新のスウィング理論をやさしく伝えるティーチングに定評がある。ジュニアの育成にも力を注ぐ。93年レッスン・オブ・ザ・イヤー受賞。

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続く後編では、成田司から山岸優子へ、そして山岸から桑木志帆へと時代を超えて受け継がれた「感性を磨く育成のバトン」、いかにして世界制覇という結実を迎えたのかが明かされる。選手が伸び悩んだとき、指導者はどこまで助言を与え、どこから「見守る」べきなのか? 高校時代の桑木志帆が突き当たった壁に対し、山岸監督はいかにして彼女の強烈な自我を殺さずに自発的な変化へと導いたのか、その具体的な関わり方を公開。型にはめない指導が育む「ここ一番での土壇場の強さ」と、ジュニアを伸ばすために本当に必要な「教えない教え」の真理。すべてのゴルフ指導者や保護者にとって、子どもの才能を咲かせるための大きなヒントが詰まった必読の展開に注目!

劇的なプレーオフを制し、日本人7人目の海外メジャー女王となった桑木志帆。その強靭なメンタルと卓越した技術の裏には、石川の名伯楽・成田司から受け継がれた「個性を消さない」指導哲学があった。しかし、物語の真のクライマックスはここから。自身も5年間のプロテスト浪人を経験した山岸優子が、岡山の高校ゴルフ部監督として出会ったのは、当時は決して目立つ存在ではなかった一人の少女。続く【後編(有料版)】では、世界制覇へと繋がる「桑木志帆と山岸監督の知られざる原点」を完全公開!

夜遅くの素振り:試合に負けて「もう嫌だ」と大泣きしながら、暗闇の中で黙々と振り続けた桑木の凄まじい覚悟 。
頑固な天才の育て方:「本人が納得しない限り直させない」。超頑固な桑木の才能を爆発させた山岸流の育成術。
恩師への感謝:石川の小さなスクールから世界へ渡った、三代にわたる師弟の熱い絆。

なぜ彼女は世界を制することができたのか。涙と汗に彩られた「AIG全英女子制覇の真実」を、ぜひ後編で!

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文/大菊希典
写真/Getty Images、増田保雄、山岸優子氏提供

※週刊ゴルフダイジェスト9月8日号「本気に寄りそう」より


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