
パスとチャンピオンの証し、黄金のチャンピオンバッヂとコーチのタグを持つ“二刀流”の奥田。「龍太郎は、ええもの持っとります」
奥田の腰には金バッヂが輝いていた。これは、日本オープンの勝者だけが持つ栄光の証し。奥田は1993年度のチャンピオンである。ジャンボ尾崎との死闘を制して戴冠した。そして今回初めて、チャンピオンズディナーに参加するためにやってきたのだ。
「33年経ちました。ディナーは2010年から始まって毎年案内はもらっとったけど……。今回、僕が行くといったら、最初驚かれて、でも喜んでくれました。『ブレザー、お持ちですか』って(笑)」
歴代チャンピオンたちとの交流は楽しい時間だったそうだ。
翌日の練習ラウンド。コースで会った奥田は、今度は「コーチ」のネームタグを首から下げていた。
本大会に、弟子の加藤龍太郎が出場するので、見に来たのだという。歴代チャンピオンのコーチ、何とも贅沢である。

普段から優しい目の加藤。奥田と話をするときはより目を輝かせる。練習ラウンドでも、初日のスタート時も「奥田語録」で激励
岡山県出身の加藤龍太郎は、トップジュニアナでナショナルチームにも在籍、明治大学卒業後の13年にプロ転向。下部ツアーを主戦場として戦ってきた。ちなみに、生まれた年は1993年、まさに奥田が“日本一”になった年だ。
「龍太郎とは20年前からの付き合い。中学のときに初めて見た。当時からロブショットは自然に上手くできとったよね」(奥田)
「関東の大学に行って奥田さんとは疎遠になり、プロ転向後は次第に自分のゴルフがわけわからなくなって。それで昨年、奥田さんに相談していろいろ見てもらうようになりました」(加藤)
本大会には予選会に通っての出場だ。直後のACNツアー「ケーダッシュセカンドチャレンジカップin 茨城」でも自己ベスト2位タイに入った。
「あの時期、すごく調子がよかったんです。実は、それまでショットがすごく悪かったんですけど、奥田さんからもらった1つのヒントでよくなってスコアに直結し始めた。テークバックの上げ方で、トップで“間”を持たせる、止めて振るイメージで感覚がよくなったんです」
今大会を迎えるにあたり、「あまり調子はよくないんです」という加藤。
「でも実は、奥田さんやアマチュアの方と会食したとき、『頑張ってね』と言われたので『しっかり頑張ります』と答えたら奥田さんに怒られたんです。『そうやなくて、優勝する、やろ』と。『勝ちたい気持ちが足りない』と言われて。普段の試合からもちろん優勝したくて出ていますけど、確かにそういう強い気持ちを持ってやれていませんでした」
日本オープンとは、プロとアマチュアの垣根を越えて、“日本一のゴルファー”を決める国内最高峰のメジャー大会である。それに、普段は大きな舞台でプレーできないプロゴルファーも、予選会を通れば大チャンスに挑めるのだ。そして時空を超えて、さまざまなゴルファーが交流する場でもある。

山口県出身の細野とはゴルフ仲間。細野は好調をキープ。予選は11アンダーでトップ。今大会も主役に躍り出た。「パットがとにかく上手いですわ」(奥田)「変わらずいい子でよかった」(加藤)
日本オープンの練習ラウンドは、現在ポイントランクトップにいる細野勇策と回った。
「勇策とは6年前からの知り合い。山口のコースにいたときに住んでいた家が、勇策の家とすごく近くて、一緒に練習したりラウンドしたりしていました。今回日本オープンに出られるから一緒に練ランしようとなりました。とにかくいい子なんですよ。そして勇策はこの2年で『ばばーん』と上に行きました。久しぶりに回って、ゴルフは何も変わっていなくて上手いし、何にも偉そうでなく、性格もそのままだったから嬉しかったです」
いろいろとツアーの話も聞いたという。
「今年初優勝した日本プロのとき、緊張してバクバクしていたらしいです。でも、ツアーの経験で自分を知り、磨くことができているんですよね。QTでダメだったときもあったけど、実績を重ねて自信を持っている。技もあるけどやっぱり気持ちは大事ですね」
ツアーという舞台のセンターに立っている10歳下の、かつての“ゴルフ仲間”に敬意を払い、多くを吸収したようである。
タラオCCは2022年の日本シニアオープンが開催されたコース。奥田靖己も出場していた。
「あのときはもっと距離も短かったし、もっと簡単やったと思うけど。新しいバンカーも随分作りましたよね。しかし、ハーフを歩いただけでパンパンやね」
練習ラウンドで弟子のプレーを見守りながら、ときどき「奥田語録」でアドバイスする。
「踏み込みすぎやな」
「待てるだけ待って、世界一短いターフを取れ」
「体重浮いとるんかくらいでええんや」
「このコースは初めてです。今まで回ったゴルフ場で一番長い。ロングヒッターが絶対的に有利です。そこまで飛ぶほうではない僕は、フェアウェイに打っていくしかないですね。普段はACNツアーに出ているから、こういう早いグリーンでやっていないので、グリーンに慣れることには時間がかかります。でも、いいグリーンで練習できるし、こういうことを続けるとやっぱり上手くなれます」(加藤)
加藤が日本オープンに出場するのは2回目だ。18歳のとき、中四国オープン優勝の資格で、鷹之台CCで開催された日本オープンに出場した。14年ぶりのナショナルオープンの雰囲気は?
「(石川)遼くんもいたからギャラリーがすごく多くて、僕も緊張したことを覚えています。そのときは深堀(圭一郎)さんと練ランをしましたね。べ・サンムンが優勝して、皆さん年上の選手ばかりで。でも今回は、ほぼ皆さんが年下です」
初日を迎え、練習場で「緊張はしていないです」という加藤。隣で奥田が「1点の曇りもなし、やな」と送り出す。
「龍太郎は細かいものが上手い。飛ぶようにもなってきた。今回、キャディをしようかと言うてたけど、やっぱりキツイですわ。体がきかんくなってる。でもやっぱり、ジャパンオープンに来ると、その重みを感じますね」
1番、スタートホール。加藤はフェアウェイど真ん中にティーショットを放ちスタートしていった。さすが奥田の弟子、プレーは早く、リズムのよいラウンドだが、なかなかバーディが取れずに、ズルズルと。結果は4オーバー。ショットの距離感が合っていなかったと言う加藤に、「そうやな。距離感がつかめきれていない。アドレナリンも出て飛んでるわ。振れているしね。でも、もうちょっと人の球の死に際を見ないと。でも、戦えてる。俺より上手い。昔の俺よりちょっと下手やけどな」と“奥田節”で答える。
「ショットの感じはイーブンパーかアンダーくらいなんです。でも、明日は絶対に行けそうな気がします。今日はこのスコア(4オーバー)だから、4アンダー目指して頑張ります」(加藤)
「そのままでいい。自信があるという、その言葉が大事や。今の俺の夢は、お前や」と奥田は少し恥ずかしそうに言って帰っていった。

チャンピオンズディナーで。前回チャンプ片岡尚之は「挨拶するときは緊張しましたけど、皆さん優しかったです」。「皆と貴重な話ができて楽しかったです」(奥田)
その師匠の言葉を胸に回った2日目。結果は3バーディ4ボギーの1オーバー。2日間の合計は5オーバーで加藤の日本オープンは終わった。
ホールアウト後の第一声は「惨敗でした」と悔しそう。しかし、全国から来てくれた応援団に向かってすぐに「本当にありがとうございました。気を付けてお帰りください」と丁寧に挨拶。
「17番でもう1つバーディを取ろうと攻めたんですけど、グリーンオーバーして、アプローチが寄らずボギー。やっぱり距離感が合っていないですね。でも、楽しかったです。調子があまりよくない感じで、これくらいできるんだと。いろいろな経験をすることができたし、このコースはいろいろなことを教えてくれました。自分に足りない技術はもちろん、気持ちの持ち方もマネジメントも。こういう環境でずっとやり続けないといけないですね」
来週から加藤はACNツアーの舞台に戻る。そこで20位以内に入れば翌年のレギュラーツアーの前半の出場権を得られる。
「まだ2試合残っています。優勝とまではいかなくても、上位に入って、レギュラーツアーには出たいですね」という加藤に、勝手に奥田に代わって「優勝する、ですよね」と言うと。「はい、そうです」と力強い答えが返ってきた。
ナショナルオープンは、それぞれのゴルファーに挑戦、機会、研鑽、課題、成長を与えてくれる。ビッグな舞台で得たものは、33歳のゴルファーをも成長させる。これこそ、奥田の言う「日本オープンの重み」なのかもしれない。
写真/姉崎正

