日本ゴルフ界を元気にするのは「親子の絆」である理由
トム・ワトソンにとってもっとも思い入れが強いメジャーは自国のナショナルオープン=全米オープンだという。
保険外交員ながらスクラッチプレーヤーとなった父レイモンド(故人)さんに手ほどきを受け「息子よ、全米オープンこそ最高の舞台だぞ」といわれ続けて育ったワトソンは、1982年ペブルビーチで行われた同大会で念願の優勝を飾った。
帝王ジャック・ニクラスとの一騎打ちを制してトロフィーを掲げたとき「自分のゴルフが一段階レベルアップした」という実感が全身を駆け巡ったという。
ご存知の通りペブルビーチは海沿いに広がる世界最高峰のリンクス。ワトソンが「人生最後のプレーをするならここ」というほどお気に入りのコースである。
普通なら優勝者はギャラリーに向かってウィニングボールを投げるものだが、ワトソンはそれを海に向かって投げている。なぜか?
「海絡みのホールが多いのに海にボールを落とすことなく優勝することができた。そこにゴルフの神様の采配を感じました。感謝の気持ちを込めてボールに海に投げたのです」
実はワトソンにとって最後の全米オープンとなった2010年の大会も舞台はペブルビーチだった。還暦を迎えたばかりの彼は息子や孫ほどの若手に混じり29位タイに入る健闘を見せたが、そのときも一度も海に打ち込むことなく最終日まで駆け抜けた。

ワトソン最後の全米オープン。予選ラウンドは、ロリー・マキロイ(写真左)、そして日本の石川遼とプレーした。この試合、石川は予選を2位タイで通過している
72ホール目はバンカーにつかまった。だがそれを60センチに寄せるナイスリカバリー。パットを打つ前「これが本当の最後か」と思うと涙で白球が滲んだ。それを外したのはご愛敬。息子をキャディに従え人生最後の全米オープンをペブルビーチで締めくくることができた。万感の思いが胸に迫る。
カップから拾い上げたボールに軽くキスをし、82年のときと同じように海にボールを投げ入れた。その小さな白い塊は緩やかな放物線を描いて崖の下に消えた。感謝の気持ちを込めた一投。
「たまにはゴルフの神様を喜ばせなくちゃね!」。自分の力を超えた何かを味方につけツアー39勝を積み上げてきた“新帝王”ワトソンは、そういってチャーミングな笑顔を見せた。
父が導いてくれたゴルフの道を全うしながらワトソンはいまある憂いを抱いている。「日本のゴルフ界に元気がないのを肌で感じる」と。「ゴルファーの皆さん、是非息子や娘さんをゴルフ場に連れていってください。楽しさを伝えてください。ゴルフというスポーツを絶やさないでください」
レジェンドの言葉をしかと胸に留めたい。