消えたノックダウン
タイガー・ウッズはこれまでキャリアの節目で、コーチとともに複数回のスウィング改造をしてきました。昨年12月までタッグを組んでいたクリス・コモとは、体に負担の少ないバイオメカニクス(生体力学)に基づいたスウィングに取り組みました。
ツアー復帰後は実戦での感覚をベースにしながら、細かなポイントを微調整していたように思えます。シーズン前半は「あれ、前の試合とまたちょっと違うな」という点に気づくことが多くありました。
その中で私が「タイガーはいよいよ本調子だな」と思ったのは、全盛期によく見られた“ノックダウンショット”が見られた事でした。ノックダウンとはアイアンショットの際、手や腕でフェース面を返さず体の回転でコントロールする打ち方です。
ハーフウェイダウンからハンドファーストのままフォローまでクラブを動かすので、方向性やスピン量のコントロールがしやすくなります。一方、クラブの運動量を体で制御するため腕や腰への負担が大きくなってしまいます。
タイガーこのノックダウンの動きを使い始めたのは、2月末のザ・ホンダクラシックの頃からです。その後の試合でも見られたことから、体に負担の大きな動きでさえ難なくできるようになったのだと思いました。
現にそのあと出場した全英オープンまでの9試合で、予選落ちをしたのは6月の全米オープンのみという安定した成績を残しています。またコンスタントに試合に出続けていますが、体のコンディションが悪いという話は聞きません。
そんな状況にもかかわらず、久々(2013年の全英オープン以来)のメジャートップ10フィニッシュを遂げた全英オープンでは、ノックダウンの動きが見られなくなっていました。ノックダウンの動きはフェース面をフォローまで変えずに動かすため、フィニッシュは小さく、クラブが横になる位置まで振り切りません。
全英オープンではそういった形は見られず、コントロールショットでもフィニッシュで無理にクラブの動きを止めることなく、脱力してダランとした状態になっていました。これはノックダウンを多用するようになった、ホンダクラシック以前の動きです。
プレーの中でも故障した個所をかばっている様子はなかったため、体への負担の考慮というよりはよりクラブにコントロールをさせる方向にシフトしているのだと考えられます。どちらのほうが安定したパフォーマンスにつながるかを考えたとき、自分ではなくクラブの運動量を増やすことを選んだという事です。
コモと取り組んでいたバイオメカニクスの観点からからすると、クラブの運動量が大きい動きのほうが効率的にエネルギーを生み出すことができ、また再現性も高くなります。自分でクラブを操作することを諦めたように感じますが、タイガーは新しいことを試したり、前にやっていたことに立ち戻ったりして常に最適なものを探そうとしているのです。実戦をこなしながらこのような取り組みができ、さらにメジャーで優勝争いまでできるというのは、さすがと言えるでしょう。
キーポイントはドライバー
全米プロのサンデーバックナイン、タイガーはノッていました。アイアンショットはコントロールされ、変更して間もない慣性モーメントの大きなパターでも絶妙なタッチとライン読みでスコアを伸ばしていきました。しかしバーディでスコアを伸ばしておきたい17番のパー5。タイガーはティショットを大きく右に曲げてしまいました。結果、このホールをパーとしてスコアを伸ばすことができませんでした。
こういった勝負がかかった場面では自らクラブをコントロールしたいのか、クラブの運動量ではなく体の回転でコントロールする動きが見られます。しかし、現在のタイガーの地面反力を使ったスイングモデルではコントロールするためにリリースを遅らせるほど振り遅れ、特にドライバーのように長いクラブほどコントロールは難しくなります。このあたりの判断が、今後の復活優勝のカギとなりそうです。
とはいえ、メジャーの最終日で優勝争いができたことは大きな収穫だったでしょう。いつの時代も大歓声と独特の緊張感は、タイガーのパフォーマンスを最大化させるトリガーなのですから。