苗字も名前も長くて覚えられない。だが彼には幼いころから慣れ親しんだ愛称がある。ゴルフの手ほどきをしてくれた父が好きだったというやや安易な理由から“ジャズ”と呼ばれている。
15歳直前にプロ転向したのは「リオ五輪に出場するため」。あいにく3年前は出場のチャンスが巡ってこなかったが、プロとしてはアジアツアーの最年少予選突破記録を持つなど将来を嘱望される若手である。
プロに転向した11年、ジャズは国内ツアーのアジアパシフィックパナソニックオープンに出場している。「すごい少年がいる」という噂を耳にして取材に赴いたのだが、そこにいたのは年齢より幼く見える華奢な少年だった。
ドライバーには「大好き」というアニメ『ONE PIECE』の主役ルフィのヘッドカバー。大会前「予選を通ったら(ルフィの)フィギュアを買ってあげる」と父にいわれ張り切った彼は、初日104位と出遅れながら2日目に巻き返し決勝ラウンドに進出しご褒美を手に入れた。
その試合で予選ラウンドを一緒に回った深堀圭一郎は「期待以上の選手だった。3年後、5年後が楽しみ」と語っていたが、あれから8年。ジャズはセルヒオ・ガルシア、ポール・ケーシー、日本ツアーの実力者たちを退けチャンピオンになった。
当時ジャズに憧れの選手について尋ねた。当然タイの血が流れるタイガーの名が出てくると思ったのだが彼の答えは「石川遼」。しかも即答だった。
「タイガーはボクが物ごころついたころからミスをするとクラブを地面に叩きつけたりイライラしたりしていました。ゴルフはこんなに楽しいのに、なんでコースに八つ当たりするんだろう? って不思議で仕方なかった。でも石川選手はゴルフが上手いだけじゃなくマナーも素晴らしい。ボクはプロとして彼みたいになりたいんです」。そういうとジャズは汚れのない瞳を輝かせた。
その石川はシンガポールオープンで一時上位争いに加わったが最終日にスコアを崩し47位タイに終わっている。15歳でマンシングウェアオープンKSBカップを制して一躍時の人となった彼がいま歩んでいるのは苦難の道。
若くして「天才」「スーパースター」と騒がれる選手が必ずしも大成するとは限らない。いつの間にかフェードアウトし「あの人はいま」といった状態になることも多い。だがジャズは10代で注目を集めながら20代になったいまも着実に大きなステージに向け歩を進めている。
もちろんひとたび栄冠を手にしてもそれがいつまで続くかは神のみぞ知る。「才能は神様からの預かりもの。いつ返さなければならなくなるかわからない」といったのは故セベ・バレステロスだ。
浮き沈みのある世界だからこそ石川やジャズには足元をしっかりと見つめ周囲の評価に一喜一憂することなく前を向いて進んでもらいたい。