ツアー屈指の“練習の虫”
現在、最年長ツアー優勝記録を持つのは、ツアー通算82勝で歴代1位の米ツアー優勝記録を持つサム・スニード。昨年のツアー選手権で通算80勝目を飾ったタイガー・ウッズが、サム・スニードの記録を破らない限り、まず50年は塗り替えられることはないであろう偉大な記録の持ち主だ。
1965年、サム・スニードがグレーター・グリーンズボロオープンで優勝したのは52歳の時だったが、これが今のところ、ツアー最年長優勝記録になっている。2000年以降、50代でツアー優勝を果たしているのはクレイグ・スタドラー(50歳)、フレッド・ファンク(50歳)、デービス・ラブⅢ(51歳)の3人だけだが、ビジェイが優勝すれば4人目となるはずだった。
「そうなったらすばらしいね。私はずっと一生懸命練習してきたし、肉体的には十分優勝できるだけの体力はある。精神面では、まぁコースに出てみてどういう感じになるか様子見ということにはなるだろうがね。自滅しない限り、優勝できると思う」
3日目のラウンドを、この日のベストスコア65で回り、まだまだ元世界ランク1位は衰えていない、とアピールしたビジェイが、ホールアウト後に語った言葉だ。最終日は70とスコアを伸ばしきれず、17番ホールでは痛恨の池ポチャ。首位のキース・ミッチェルに3打及ばず単独6位に終わり、
残念ながら最年長優勝記録の更新とはならなかった。
さて、ビジェイといえば、昔から練習の虫。早朝からコースに現れると、まずは練習場でしっかり練習。その後ラウンドに出て、クラブハウスに帰ってくると日没近くまで熱心にいろいろな道具を使いながら練習を繰り返していたのが印象的だ。
ちなみに彼が練習場のどこで練習していたかは、打球跡を見ればすぐにわかる。まっすぐ畔(あぜ)を作るようにアイアンで1球1球練習の証を刻んでいくからだ。ビジェイ・シン、パドレイグ・ハリントン、片山晋呉……この3人はメジャーやWGCなどのビッグイベント会場でも練習道具に工夫を施しながら、朝から夕方遅くまでみっちり練習する”世界3大練習の虫”だった。
ツアーで34勝を挙げているが、03年、05年には年間4勝、04年には全米プロを含む年間9勝を挙げている。これらは彼が40代になってからの勝利だが、40代での勝利数は22回。タイガーを抜いて世界ランク1位になったのも40代になってからなのだ。08年WMフェニックスオープンでの勝利を最後に、レギュラーツアーでの優勝からは遠ざかっているが、賞金王には3回、世界ランク1位にもなり、輝かしい成績を挙げている。メジャーで3勝し、ゴルフ殿堂入りも果たした。
過少申告、禁止薬物、アニカ参戦への反論……トラブル多めのゴルフ人生
だが一方、彼には屈辱の経験や自らの言動が招いた失敗の経験なども併せ持つ。85年には過少申告のかどで2年間のアジアンツアー追放処分を受け、無実を訴えたものの認められずツアーを撤退。
のちに誤解が解けてアジアンツアーの名誉メンバーに選ばれたが、それもなんと24年後の08年の話だ。
また、03年にはバンク・オブ・アメリカ・コロニアルにアニカ・ソレンスタムが参戦した時には、ビジェイが「ソレンスタムと同じ組で回るなら棄権する」とコメント。「PGAツアーのメンバーではないし、何のために出るのかわからない」というのがその理由だった。彼女がPGAツアーに参戦することについてはそれまでも賛否両論はあったものの、ここまで露骨に反論したのは彼一人。
当時私も現場にいたが、この発言に反発するゴルフファンも多く、「ビジェイは臆病者(チキン)だ!」とニワトリのかぶりものを身につけてビジェイの組について観戦するギャラリーがいたのを記憶している。
また、結局はお咎めなし、ということで決着はついたものの、彼が使用していた「鹿の角」からできているスプレータイプのサプリに増殖因子が含まれる「IGF-1」という「禁止薬物」が含まれているとして、ツアーから「アンチドーピング・ポリシー違反」の手続きが進められ、ビジェイに対して制裁措置が取られたことがあった。
これに対し彼はアンチドーピング・プログラムのガイドラインのもと、この措置に対して不服を申し立て、ツアーとは真っ向対決。その後、世界ドーピング防止機構は、陽性反応が出ない限り、このサプリメントの使用は禁止しないと発表。ツアー側も違反ではないとみなしたが、禁止薬物であることは確かであり、彼に対するイメージダウンの一因になったことは確かである。
先日、トーナメント会場で久しぶりに会ったが、以前よりも穏やかでよく話をするようになったと感じた。世界ランク1位で、年間複数優勝をしていた頃のビジェイは、米国人記者たちとの確執があり、あまりいい関係ではなかったように記憶しているが、日本には昔から何度も来ており、アジアンツアーを回っていたこともあってか、私のように日本から来たメディアに対しては親近感を抱いているようだった。
今年の6月には再び日本でチャンピオンズツアー(米シニアツアー)・「マスターカード選手権」が開催されるが、ぜひ未だ衰えないショット力とパワーを日本のゴルフファンのために見せて欲しいものである。