生物が生み出す不思議な造形に注目しているアディダスの基礎研究チーム
先日、アディダスゴルフのニューモデル「FORGEFIBER BOA(フォージファイバー・ボア)」シューズの発表イベントに行ってきた。やわらかなアッパー素材に特殊な“糸”を部分的にステッチし、軽量性、ストレッチ性、通気性を高いレベルで実現したという、最先端のニットアッパースパイクレスだ。その説明の中で開発担当の松養栄峰さんが、こんなことを言っていたので紹介したい。
「アディダス本社には、未知なる先端技術を開拓するフューチャーグループがあり、彼らは自然界に存在する有機物、つまり生物の営みやカタチに大きな関心を寄せています。例えば、なぜあの木はあのように根を伸ばし安定性を保っているのか? なぜ、鳥は巣の構造をあのようにするか? といったことを真剣に考えているのです。なぜなら、そこには必ずよりよい製品につながるヒントが隠されているからです。人間がこれまでの常識から導き出そうとしても絶対に生み出せない、絶妙なバランスや仕組みが自然界にはあるのです」
思いもつかないカタチ。常識にとらわれない発想。それはゴルフシューズの開発にも必要不可欠のようだ。今回の「FORGEFIBER BOA(フォージファイバー・ボア)」は、強度の必要なアッパー部にサーモプラスティックウレタンでできた特殊な糸を網目状に縫製。これを表側から熱を加えて溶かすことで、アッパー素材と糸が一体化し、部分的に狙った強度を生み出すことができるのだという。
この製法の利点はもう一つ。熱を加えていない裏側、つまり足側はやわらかな原糸のままに保たれ、これによってアッパーのしなやかさを消すことなく、複雑な人間の足の形状にそって隙間なくフィットするのだとか。
これまでのように、チカラの加わる箇所に板のような樹脂を配置するストッパーのような方式とはフレキシブルさが違うのだ。また、X型の小さな突起を配したソールも同じ起伏が一つもないゴルフコース上で、しっかりとグリップ力を発揮するための新発想だという。
「突起を小さくし、独立して動く状態にしておかなければ、微妙に変化する地面の凹凸に対応することができません。起伏に合わせソールが部分的に沈むことで初めて常に“面”で地面をとらえることができるのです。これまでは大きくしか動かないソール面に尖った突起がついたパターンが多く、地面の状況によっては合わせきれない部分があったのです」(松養さん)
木の根が地形に合わせて広がるように、シューズもあらゆる方向に対して柔軟でなければならない。従来の“固める”とは違う、フレキシブルであってこそ安定する、という新しいシステムだ。
自然から学ぶ取り組みは、ゴルフクラブにも! トンボの羽をヒントにしたPING Gドライバー
シューズの開発話を聞いていて、自然や生物のあり方を研究し、製品に取り入れる開発手法はシューズ分野だけのものではないよな、と思った。たとえば、近年ヒット作を連発しているPINGの「G」ドライバーは、クラウンに“ドラゴンフライ”という独自の薄肉技術を採用しているが、この形状はトンボの羽の構造に着目し、生体模倣設計することから生み出されたものである。薄さと強度のバランスを自然界から学び取ったのである。
また、個人的にはAIが設計したというキャロウェイ「エピックフラッシュ」のフェース裏形状も、水滴が作る水面に作る波紋のような自然形にみえて仕方がない。開発者が「こんな形は人間では簡単には生み出せない」といっているほど、ある意味ファジーで何型とはいえない起伏なのだ。
考えてみれば、ゴルフコースの状況、打点、自分のスウィング、風、湿度、気温……、同じシチュエーションが二度とないのがゴルフである。その中で最高のパフォーマンスを発揮するギアを生みそうとする時、その自然の中で生き抜いてきた生物の姿に着目するのは当然のことのように思える。
ゴルフクラブなどはすでに発想が出尽くし成熟してしまったかのように言われているが、本当にそうなのだろうか? フレキシブルな発想で自然を見つめる技術者がいるのなら、今は想像もできないわくわくするような未来がきっとあるのではないか。もう少し期待して待っていよう、と思った。