世界中のゴルフファンを魅了し続けるマスターズ。毎年オーガスタナショナルを舞台に、招待状を手にした精鋭たちがグリーンジャケットを目指して熱き戦いを繰り広げる。2021年は松山英樹が日本人初となる優勝を飾り、今年はこれまでに3人しか成し得ていない連覇が期待される。さぁ、その戦いを一緒に楽しもう!

メジャーといっても「全米」「全英」とは何かが違う!
「マスターズ」ってどんな試合?

世界中のトッププロが“グリーンジャケットに袖を通すこと”だけを目指して、目の色を変えて戦う。そこには何ものにも代えられない価値があるから。何がそこまで精鋭たちを虜とりこにするのか?

 設計者の一人であるボビー・ジョーンズのゴルフ観がふんだんに詰め込まれた、オーガスタナショナルゴルフクラブ。そのコースそのものにこそ、マスターズの魅力があると中嶋常幸は語る。

「ラフという表現を使わないセカンドカット、バンカーの少なさ、本来はのびのびと打てるはずのコースなんです。ところがいざ大会となると、ピンの位置とグリーンの硬さで、こんなに難しいコースがこの世にあるのか、そう思えるほどに変わります。ハンディキャップ18のアマチュアも楽しめる、しかしトッププロも攻略が困難。それがオーガスタの面白さです」

画像1: 写真/2021年 マスターズ 撮影/宮本卓

写真/2021年 マスターズ 撮影/宮本卓

今の自分の実力が鏡に映し出される
「その怖さに打ち勝った者だけがグリーンジャケットの袖を通せる」

絞られすぎていないフェアウェイは、一見やさしそうに映る。だがそこに立った者なら、いかにピンを狙うことが困難か思い知らされるという。
「とにかくアンジュレーションが複雑です。平らなところからセカンドショットを打てるのは1番の右バンカーを越えたところくらい。あとはほとんどが傾斜から打たされます。例えば13番パー5のセカンド地点は、かなりのつま先上がり。つま先上がりだと球が左へ行きやすいから、グリーン右側に流れている小川の上へ打ち出さなければならない。しかも風がグリーン奥から回っている。これ、本当に戻ってくるの? という不安の中で打たされるんです。勇気も必要ですよ」

 ボビー・ジョーンズが残した言葉、「オールドマン・パー」。ボギーもバーディも出さず、つねにパーでおさめる「パー爺さん」が相手。人との戦いではなく、コースとの戦いこそがゴルフであると説いたその精神を、有しているか、否か。今もオーガスタは問いかけてくるのだという。

「オーガスタはプロならボギーで上がるのは簡単です。でもバーディを奪おうとすると大変すぎる(笑)。3番パー4は距離がないので、ピンが左に切られていなければセカンドショットでグリーンセンターを狙ってパー、ボギーなら楽々といった感じ。しかし左にピンが切られた場合でパーセーブが難しい状況でも、トッププロはバーディを狙いにいきます。そしてグリーンを外してボギーさえ難しくしてしまう。オールドマン・パーの精神が試されるんです」

 同時に、オーガスタは挑んでくるトッププロの現在の力量を、白日の下に晒してしまう残酷性をも秘めているという。

「例えばアプローチは、止める、転がす、戻すなど、あらゆる技量が求められます。それぞれを10回に2回打てるというレベルでは、また来なさい、とばかりに寄せられない。10回に8回打てるようになってようやく寄せられる。だからオーガスタは自分を映す鏡のような存在だと思うんです。化粧ではごまかせない素顔が映される怖さがありますよ」

画像2: 写真/2021年 マスターズ 撮影/宮本卓

写真/2021年 マスターズ 撮影/宮本卓

攻略ルートが決まっていて逃げることが許されない

 ボビー・ジョーンズの哲学は「不変」ながら、実際にはオーガスタは微細に、そしてひそやかに、「変化」を遂げてもいる。今年も11番で15ヤード、15番で20ヤード距離が伸ばされ、全長は7510ヤードに。そうした改修は、不世出のゴルファーの登場が影響しているのだと中嶋は言う。

「タイガー・ウッズの登場で、飛距離さえあれば2打目から短いアイアンで狙えるようになりました。飛距離を持っている選手に楽々バーディは取らせないように、微妙に距離を伸ばしてコースを変化させているんです。それもやはり、オールドマン・パーの精神、ゴルフの本質が損なわれないための措置であると思いますよ」

 またフェアウェイにも工夫が凝らされている。芝がグリーン側からティーイングエリアに向かって刈られているためランが抑えられ、セカンドショットの難易度も上がるようになっているのだ。

「順目なら5ミリくらいのミスは芝で滑ってごまかせてしまいます。でもオーガスタのセカンドショットは正しくボールをとらえないと距離が足りなくなってしまうんです。だから正確にはコース全長7510ヤードですが、選手の感覚からすれば、7700ヤードくらいの長さに感じられるんじゃないかな」

 マスターズは過去すべて、オーガスタで開催されている。そのほかのメジャー大会とは異なり一貫して舞台が同じであることも、ドラマチックな要素になっていると中嶋は言う。

「ほかのメジャーはどう攻めるか自由な選択肢があります。でもオーガスタは、そこへ打ったら次はこうするよねと、誰もがわかっています。例えば15番パー5で残り220ヤードが残った場合。ここでグリーンを攻めなければパトロンたちは失望します。君は刻んで逃げるのか? みたいな(笑)。選手自身も過去の選手たちが攻めている映像を見て育っているから、当然狙います。攻略ルートが決まっていて、逃げることが許されないだけに、ドラマが生まれるんです」

画像3: 写真/2021年 マスターズ 撮影/宮本卓

写真/2021年 マスターズ 撮影/宮本卓

 人々に積み重なってきた、名手たちのプレーの記憶。「ガラスのグリーン」と称されるほどに硬く、そして速いグリーンも、これまで数々の名場面を生み出してきた。毎年同じ舞台を用意するため、運営側も細心の注意を払って整備に尽力している。

「オーガスタのグリーンに上がると、本当に素晴らしく、美しくて言葉が出ません。そのグリーンは、毎年新しい芝を植えているんです。毎年同じように刈ってはいても、その年で切れ方にほんのわずかな違いが出る。そんなところも面白みを演出していて、見る者を飽きさせません」

解説/中嶋常幸
1954年、群馬県出身。日本ツアー賞金王は82年、83年、85年、86年の4回。初めて4大メジャーすべてでトップ10入りを果たした日本人選手。マスターズ出場は11回。最高位は86年の8位タイ。99年から現在に至るまで、テレビ放映のゲスト解説を務めている

取材・文/平山讓

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