新垣比菜、野澤真央、田中瑞希、そして青木翔コーチ
ジュニアからシード選手まで、年齢・性別・ゴルフのレベルを問わず、幅広い層の教え子を持つ青木翔コーチ。
実際の練習ではどんな指導をしているのか。新垣比菜、野澤真央、田中瑞希、3人の女子プロの練習ラウンドを追った。一度に3人を見るともなると、かなりバタバタと大変なのかと思いきや、個別に話しかける機会は思っていたよりも少ない。
「選手をチェックしていて言いたいことが10見つかったとしたら、実際に伝えるのは1、いや0.8くらいかも。なぜなら情報が多いと、“言っても伝わらない状態”になってしまうからです」
「また、すべて伝えてしまうとその中での優先順位付けが難しい。ひとつひとつがぼやけてしまうんです。だから、コレだ! っていうひとつだけに絞っています」
さらにはそのひとつの伝え方にもポイントがあるという。「僕が気をつけているのは、タイミングです」
「例えば、アドレスが左を向く癖があるとします。皆さんは、同伴者に伝えるとしたらいつ教えますか? ショットをする前、ショットの後。場合によってはお昼休憩やプレー後の更衣室かもしれない」
「結論を言うと、これには正解がありません。相手によって違うので、どのタイミングで伝えるのが最も効果的かを考えるんです」
さらに、その効果を最大化させるのが言葉のチョイスだという。「僕はなるべく、選手自身に気づいてほしいので、たいていの場合ド直球に『左向いてるよ』とは言いません。『どこ向いてる?』とか、『なんか忘れてない?』とか」
相手へ伝わらないのは伝える側に問題がある
「選手との関係が構築できていれば『ちゃんとやってや~』、『1万回目なんですけど』みたいな言い方になることもあります。ちょっと脱線しますが、よく『何回、言わすの!』っていう親や上司がいるでしょ」
「それは伝えている側に問題がある。同じ言い方をしてできないなら、言い方を変えるべきです。僕は同じ内容でも、できるだけ言葉は変えるようにしています」
数ホール見ていると、3人の女子プロはそれぞれ全くタイプが違うということが分かる。そして青木翔コーチは彼女たちの性格に合わせて、会話の量やトーンを変えて接していた。
「自分自身が納得したうえでひとつずつステップを進めていくタイプ」という新垣比菜には、技術や考え方を伝える際、その理由や原因といった背景も丁寧に伝える。
青木との関係が長い野澤真央へは、具体的なアドバイスは少なめ。「自立の度合いが高い選手には、こちらから伝えることを減らします」。あえて伝えないのもコーチの役目。
田中瑞希は、「明るくゴルフを楽しむタイプ」。指摘するポイントがあっても、ユーモアやアクションを交えながら伝える。テンションを高く保っていたほうがコミュニケーションがスムーズだと話す。
このコミュニケーション能力がアマチュアからプロまで広い層に信頼されている理由なのだろう。
三者三様の接し方をする青木翔コーチ。昨年9月から指導する新垣比菜には、どのようなことを伝えているのだろうか。「コーチを始めてからまだ期間が長くないので、まずは関係を築くことですね」
「もちろん練習ラウンドを見てスウィングに対するアドバイスもしますが、それだけだったら映像を送ってもらうだけでもできちゃう」
「でも、時間を共有してコミュニケーションを重ねることで、どんなことを考えていて何に悩んでいるのかが見えてくる。比菜ちゃんに限ったことではありませんが、お互いに信頼し合っていないとこちらがいくら言葉を選んでも伝わりませんから」
新垣比菜とのスウィング作りは球筋からの逆算
3選手の中でも、会話の時間がもっとも多かったのが新垣比菜だった。2人のやり取りで球筋に関する話が多くされていたのが印象的だった。
「実は練習ラウンドにがっつり付いて回るのは初めてでした。だから、今日だからできることを伝えたかった」
例えば、傾斜からのショットではどう考えているのか。ライに合わせたり、スウィングを気にしているように見えたので『球筋からイメージしてセットアップやスウィングをしてごらん』と伝えました」。目指すものから逆算してするべきことを決めるのは、青木コーチのレッスンの基本だ。
「つま先下がり、左足下がりの複合傾斜の場合、低いフェードが出ますが、どうしたらその球筋で目標に打ち出しやすいかを考えてから構えてほしい」
「ライに合わせようとすると目標にセットしにくいし、動きやすいスウィングに注力するとライとケンカになる。球筋からの逆算は傾斜地に限ったことではありません」
「ドライバーでも調子が悪くなると、どうしても体の動きを気にするようになる。もちろんそれも大切ですが、『どんな球を打ちたいのか』という目標を見失わないでほしいんです」
球筋をイメージすることで自分の中にセンサーを作る。ラウンド中、繰り返し弾道のイメージを伝える青木翔コーチ。これによって、打ち出し角やスピン量の基準ができるようになるという。
また、それを言葉にすることで頭の中が整理される。会話の多かった2人だが、青木翔コーチが一方的に教えるわけではない。新垣から言葉を引き出すように対話を重ねる。
逆算の思考が、選手の自立につながっていく。前回に伝えた渋野日向子と青木翔は、第二章に入ったとはいえ、付き合いは長い。指導中も笑顔が続き、ときには爆笑が織り込まれていた。
新垣比菜は渋野日向子と同級の黄金世代。青木翔コーチがサポートをし始めた“これから”に注目していきたい。
続編【青木翔のコーチング現場に密着】言いたいことが10見つかっても伝えるのは“1つ”だけ、はこちら
※週刊ゴルフダイジェスト2023年4月18日号より(PHOTO/Tadashi Anezaki THANKS/明治安田生命レディス ヨコハマタイヤゴルフトーナメント)