可能な限りの準備をして挑んだはずだった
第78回全米女子オープンに、上田桃子、吉田優利のコーチとして参戦してきました。ともに予選落ちという結果に、正直、打ちのめされた感は否めません。
憧れのペブルビーチでの開催だっただけに、コーチであるボク自身が1カ月ほど前から少し興奮もしていました。その気負いが選手たちに伝播してしまったのだとしたら……。
ただ、落ち込んでいる暇はありません。ペブルビーチが教えてくれたこと、自分たちに足りないもの、そしてもう一度あの舞台に、今度は優勝争いのできる選手として……そんなことを思いながら、再出発します。
渡米前には可能な限りの準備をして、全米女子オープンに臨みました。92年、00年、10年、19年に開催された全米オープンの動画を可能な限り入手。コース戦略を立てました。
もっとも後述する92年と、タイガーが全米オープンで初優勝した00年大会は、ついつい時間を忘れて見入ってしまいましたが(笑)。
ボクたちチームのホームは、千葉県船橋の丸山ゴルフセンターです。実はそこの社長にお願いして、2カ月ほど前に「G_BASE」という1打席の室内練習場を作ってもらいました。
そこにトラックマンを設置し、また世界のゴルフコースを回れるアプリを入れて、何度も何度もペブルビーチを“回って”きました。
選手はもちろんですが、コーチであるボクが現地で的確なアドバイスをするためです。ボク自身、もちろん初めて憧れのペブルビーチに立ったわけですが、桃子の練習ラウンドで回ったときには、何度も回ったことのあるような不思議な感覚に陥ったものです。
佐野木さんからは「ダボは打つな」のアドバイス
ちなみに優利は、日本の試合(資生堂レディス)に出場したため、ボクと桃子より1日遅れの現地入りでした。事情があって練習ラウンドは1日、それもインコースのみでアウトコースはただ歩いただけ。ほぼぶっつけ本番でメジャーに、それも難コースに挑むことになってしまいました。
また、午後スタートとなった2日目は、ホールアウトしたのが夜の8時20分。朝晩の冷え込みもハンパなく、セーターにダウン、使い捨てカイロを貼ってのラウンドでした。
もちろん、そうした状況下でゴルフをしていたのは優利だけではありませんが、あと1打で予選通過……と考えてしまうのは身びいきというものでしょうか。
ゴルフにタラレバはありませんし、何を言っても言い訳になります。いずれにしてもこの悔しい思いを、必ずや明日につなげることがボクたちの使命だと思っています。
話を準備段階に戻しましょう。ジャンボ(尾崎)さんの全盛期を支えた伝説のキャディ、佐野木計至さんには、普段から折に触れてアドバイスをいただいています。実は佐野木さんは92年にペブルビーチで開催された全米オープンでジャンボさんのバッグを担いだのですが、
「いいかツジ。8番、9番、10番はOKパットのボギーならよしとして、そこは上手に切り替えるんだぞ。それがバック9を戦い抜き、上位に進出するポイントだ」
と。要はダボを打つな、というわけです。
ここ数年の男子のメジャーを見ても、勝つための条件として“ダボにしない技術”が求められています。
今回はペブルビーチが舞台だったこともあり、上位に食い込んだイーブンパー以上で終えた選手は、ほとんどダボを叩いていません。
日本にはない硬い地面と粘る芝に苦しめられた
それだけの準備をしてきたわけですが、やはり見聞きするのと、実際にコースに足を踏み入れてみるのとは大違いでした。
まずはコースですが、距離はそれほどではなかったものの、ラフの芝は根も葉も詰まっていてパワーのある男子でも厄介です。グリーン周りのラフも深く粘っこいので、どうしても食われてしまいます。
フェアウェイもグリーンも下が硬く、これは高温多湿の日本ではなかなか体験できないものでした。アプローチでグリーンに落ちたボールが、“コン”と音を立てるほど。
しかもグリーンは小さく、ちょうど日本のショートコースのようですが、そこに絶妙で厳しい傾斜が施されています。
そのため、なかなか寄せワンが取れず、正直、日本から参戦した多くの選手が戸惑ったのではないでしょうか。
4番から10番までは、ずっと右サイドが海になっています。テレビで見る分には美しい風景ですが、絶妙なレイアウトで、そこに気まぐれな風が選手を悩ませ、疲れさせます。とくに5番、そして佐野木さんにアドバイスされた8番、9番、10番の4ホールは、どれもハンディキャップ1のホールのよう。
さらに10番を抜けると、今度は11番から距離の長い3ホールにつながります。脳の疲労度は普段の1.5倍といった感じです。
となるとペブルビーチの攻略は、飛んで曲がらない、しかもアイアンは上からピンポイントでドンと落として止められ、かつグリーンを外しても確実に寄せられるアプローチ技術、さらに厳しい距離をパーセーブ、もしくはダボにしないパッテイング技術、さらに言えば、過酷な設定にも心が折れない強いメンタル……。
つまり、そのすべてを兼ね備えることが、今後のボクたちチームの課題ということにもなるでしょう。
とくにアイアンショットの精度は必要不可欠な絶対条件です。実際、上位に入った選手は、そのすべてとは言いませんが、確実に3つか4つの条件を備えている選手ばかりでした。
これまで以上に科学技術を取り入れる必要性
この大会で驚かされたのが、デジタル化というのか最先端の科学技術を駆使していることでした。
たとえば今年から、全ホールにトラックマンが設置されました。またグリーンサイドに設置された大型モニターには、選手の顔写真とスコアだけでなく、これから打つパットが何フィート何インチまで、正確な距離が映し出されます。
今回の全米女子オープンに限らず、メジャーはもとよりPGAツアーの試合のテレビ中継では、様々な情報……弾道はもちろん、たとえば10フィート(約3m)のパットの入る確率とか、グリーンに乗った位置とバーディ、パー、ボギーの関連……を発信してくれます。
それを支えているのが、こうした科学技術であることを、知識としてではなく身をもって感じました。
チームのホームである丸山ゴルフセンターに、1打席の室内練習場を設けてもらったことはすでに書きました。
現代のゴルフは、いかにスウィングの動きを数値化し、それを自分の感覚と擦り合わせる作業が求められています。ボクたちの取り組みが間違いではなかったと確信するとともに、さらなる最先端の科学技術を取り入れる必要性を感じました。
これもまた、今回の全米女子オープンで教えてもらった大事なことです。
焦らずチャンスを待つことが大事
驚かされたのが、試合後、練習場でボールを打つ選手がほとんどいなかったことでした。試合後に一生懸命ボールを打つことは、とても重要なことですし、ボクもそれを否定はしません。
ただ、全米女子オープンというメジャー、それも会場がペブルビーチでは、何より大事なのが“すべてを出し切る”ことなのでしょう。すべてを出し切るからこそ、試合後に練習する余力がないのです。
実際、そのセッティングは普段の試合より時間にして1ラウンド30分多くかかりました。また、レイアウトがホールごとに違うため、体も心も、そして頭も疲れるのでしょう。感覚的に選手は1.5ラウンドしたかのように、さらに、思うようなゴルフができなかった場合には2ラウンドしたような疲れ方でした。その意味でも心技体、すべてが求められる大会でした。
最後にペブルビーチで学んだ、ゴルフで大事なことで締めくくります。
まず、コースのなかでは切り替え。仮にボギーを叩いても、焦らずチャンスを待つことが、メジャーでは大事だと実感しました。
桃子、優利ともバウンスバック率の高い選手ですが、無理してバーディを狙いにいくと落とし穴があることをペブルビーチで教わりました。
もうひとつ、スウィングでは切り返しです。そして、安定した切り返しのヒントはリズムと力感にあります。
今回、上位に入った選手はもとより、メジャーで勝った選手や世界ランク上位の選手は例外なくリズムと力感が、どんな状況でも安定していました。
ボクたちチームにとっても大きな課題です。
PHOTO/ YasuhiroJJ Tanabe TEXT/ Kenji Oba
※週刊ゴルフダイジェスト2023年8月1日号「辻村明志の海外メジャー体験記~ペブルビーチが
教えてくれたこと」より