「いま日本で28勝していて、あと2勝で永久シードですね、とよく言われます。でも、30勝は通過点と考えていて、できるだけ長くプレーしたいと思っています。どの試合も優勝を目指していますが、優勝に辿り着くまでの過程のほうがもっと大切だと考えています。過程というのは、これまで積み重ねてきた練習量だったり、戦える体を作るためのトレーニングだったり、体調管理や食事のことまで、勝つために自分が頑張ってきた努力のことで、その努力に結果がついてくればいいと思っているんです」(申ジエ・以下同)
人に教えることで自分もアップデートされる
アメリカで賞金女王になった経験もあり、元・世界ランキングナンバーワンでもある。メジャーも2つ勝っている。そんな申ジエは、難しいコースのサバイバルゲームになったとき、いつの間にか優勝争いに絡んでいるイメージがある。
「よくスロースターターって言われるんですよ。本当は私だって、初日からいいプレーをしたいと思っているんですけどね(笑)。でも、性格なのかもしれません。自分のゴルフも体も常にコントロールしていたいんです。だから、最終日だからといってプレースタイルを変えて、超・攻撃的に攻めまくることはありません。初日から最終日まで、もっと言えば、ひとシーズン、常に安定してプレーすることが私には合っているんです。それと、最後に息切れしないように心がけて、最終日のバックナインにスパートできる余力が残っているのかもしれません」
申ジエは、若手選手に聞かれたことは何でも教えてくれると評判だ。日本流に言えば、敵に塩を送るどころか、敵に知恵と武器を授けているようにも見える。
「私がプロになりたての頃は先輩プロがたくさんいて、先輩がいるだけで安心感がありました。いまはどんどん選手の平均年齢が下がってきていますが、私もそういう若い選手たちのいい先輩でありたいんです。プロゴルファーって、ゴルフだけが大事じゃなくて、社会的な責任も負っていると思うんです。ゴルフの世界の中で、自分ができる役割をやってこそのプロだと考えていています。だから、たとえばアプローチとかパッティングとか、『それ、どうやって打っているんですか?』と聞かれると、隠さずに全部教えます」
「私のアドバイスでその選手の成績が上がったら、それは幸せなことだし、私はそこにやりがいを感じるんです。それと、人に教えることで新しい発見や気づきがあったり、自分のスウィングを客観的に再確認することもできます。若い選手に教えているつもりが、私の知らない感覚や打ち方を若い選手と共有できることもあります。自分だけ強ければいい、っていう考え方は長持ちしないし、油断を生むんですよ。だから私はずっとそうやってツアーを戦ってきたんです」
体にいいものを食べること、自分のことをよく知ること
申ジエは若い選手と練習ラウンドすることが多い。これからツアーを担っていく若い選手たちにどんなことを伝えているのだろう。
「2つあります。まずひとつ目はよく食べること。ゴルフはプレーする時間が長いスポーツだから、ちゃんと食べないと体力が持たないんです。自分に合う、おなかが喜ぶ食べ物を探すといいよ、って教えています。おいしい食べ物はその瞬間だけだけど、体にいいものは6時間から8時間も体にいい働きをするんです。だから私は自分に合わないものは口にしません。卵や小麦粉も少しアレルギー反応が出るから試合中は食べません。生ものや乳製品もそうです。ゴルフ選手は、毎日規則的に食事ができないので、胃腸があまり丈夫じゃない人が多いと思います。だから、シーズン中は食べてはいけないものをちゃんと決めるんです。自分をスポーツカーだと考えると、間違った燃料を入れると壊れてしまうのと同じです。ガソリンを選ばなくちゃ、速く走れませんから」
「もうひとつ伝えていることは、自分で自分のことをよくわかっている選手になること。ゴルフは感覚がとても大切なスポーツなので、自分だけが持っている感覚をちゃんと管理できるくらい、自分の体のことやスウィングのことを分析してほしいんです。ひとりひとりの選手が持っている自分の感覚というのは、他人にはわからないもので、強いと言われる選手はみんな自分だけの感覚を持っているんです。だから、自分のスウィングや打ち方を磨くことは、自分の感覚をどんどん磨いていくこともあるんです。そういう意味でも、いろんな選手といろんな打ち方を教えたり教えられたりすることは、すごく大切なことなんです」
アプローチ上手の秘密。「溝を1本ずつ打ち分ける練習の賜物です」
申ジエのアプローチは天下一品。だから、難しいコースで周りがボギーを出して崩れていくなか、淡々とパーを重ねて、流れが来るのを待てる。
「アプローチのことを聞かれることが多いですね。どうやって打ってるんですか、どんな練習をしているんですか、って。私がジュニア時代によくやった練習は、溝の1本ずつで打ち分けることです。普通のアプローチは下から3本目の溝で打つんですが、2本目の溝で打ったり、1本目の溝で打ったりするんです。これをやると、ヘッド軌道の最下点のコントロールが上手くなるので、ターフをまったく取らずにロブショットを打ったり、そういうこともできるようになるんです」
「アマチュアのみなさんへのアドバイスですか? そうですね、私がやったほうがいいと思う練習は、距離をどんどん落としていく練習です。私の場合、60度のウェッジのハーフスウィングで40ヤードですが、同じ振り幅でやさしくゆっくり振って距離を落としていくんです。40ヤード、30ヤード、20ヤード、10ヤード、最後は5ヤードっていう具合です。アプローチはどんな球をどこに落とすかがとても重要ですから、この練習を続けていくと、距離のコントロールが確実に上手くなりますよ。それと、ゆっくり振ることによって、自分がスムーズに動けていない箇所も感じ取ることができます」
※週刊ゴルフダイジェスト2024年4月9日号より(PHOTO/Tsukasa Kobayashi、THANKS/ニューゴルフプラザ幕張)