がんを克服したが「ゴルフの仕事から離れる」ことを決断

なんでも快く企画に協力してくれた久古
ここで冒頭の久古の電話に戻る。「ガンをやっちゃって」というのは、2020年のこと。
「ラウンド後、太ももに小さな虫刺されの跡があるのに気付きました。虫が何だかはわかりません。多分、蚊かな。かゆかったのでかいていたんですが、かきむしってしまったんです。その後、かさぶたができて、それがそのうちポロッと落ちるんだろうなと思っていたんですが、500円玉くらいまでに大きくなり、皮膚科に行きました」
地元の皮膚科医院では「うちでは診られない」となり、総合病院に。診断は「有棘細胞がんという皮膚がんの一種でした。ステージはⅢのbだとも言われました」。しかも、すでにリンパに転移しているという。加えて、世はコロナ禍。病院への家族の付き添いも許されず、入院・手術もすべて一人。
「入院前にiPadを買いました。家族との通信手段です。退院すればまた会えるんですが、万が一のことを考えた。これが最後かもしれないという思いもありました」。手術が行われたのは2020年2月。7時間かかった。さらに5月には転移していた複数箇所も切除した。他の医者がこの手術の話を聞くと驚くぐらいタフなものだった。医者の技術はもちろんだが、久古の体がそれに耐えた。
不動産業で久古を鍛えてくれた父は2016年に亡くなっていたが、両親は彼に強い体をくれた。
退院して1月後からは放射線治療のための通院が始まった。体力は削がれたが、治験に参加できるなど、幸運もあった。
「放射線治療は約1カ月受けました。治験は約1年かけて17回」
そして、久古は決断を下す。「ゴルフの仕事から離れる」体力が思ったように戻らなかったこともあるが、手術や通院で、それこそ生死をさまよった末に「家族とできるだけ一緒に過ごしたい」と思うようになった。
そこで「時間に融通が利き、頑張れば頑張るだけ稼げるタクシードライバーになろう」と発想を転換した。
何だかの形でゴルフに関わりたいとは「思わなかった」と言う。家族との時間と天秤にかけられるようなものは何もなかった。
「また新しい景色が見られている」(久古)

東京都墨田区を拠点にタクシー運転中の久古※本所タクシー(03-3622-7411)、メールはgorutaku86@gmail.com
「来年還暦だけど、新しい世界に飛び込んで良かった。また新しい景色が見られている」と久古。
「タクシードライバーってすごい人、面白い人がいっぱいいる。腕一本で稼げるのはプロゴルファーと同じだし。お客さんと話すのも面白い。これまで知らなかった世界を、この年でまた知れている」
バイクレーサーになって、不動産業からプロゴルファー、そしてタクシードライバー。
「久古千昭の仕事、第4章に入りましたよ。わはははは」
手術の際は、家族との別れすら覚悟したが、今はすっかり明るい久古だ。病は気からとはよく言うが「確かにずっとプラス思考ではいました。それも良かったのかな」。
プロゴルファーとして、さまざまなレッスン生と関わり、雑誌でも自身の知見を言語化してわかりやすく読者に伝え続けてきた。そうやって養われてきたコミュニケーション力は、今、ドライバーとして働く際も生きている。そして、ゴルフ界とは離れたが「ゴルフが嫌いになったとかもう関わらないとかじゃ、全然ないよ(笑)。
お客さんとのゴルフトーク大歓迎だもん。トークレッスンももちろんできますよ」。久古が所属しているのは墨田区が拠点の「本所タクシー」だ。
「土、日のラウンドが事前に決まっていたら、早めに予約・指名の連絡をしてください。コースに着くまで、トークレッスンしますよ」
こういうところが、つくづく“僕たちの久古さん”なのだ。
※週刊ゴルフダイジェスト7月30日号「脱サラプロからタクシー運転手へ~久古千昭」より