住友ゴム工業株式会社
スポーツ事業本部 商品開発部
クラブ技術グループ課長
中村 崇氏
2002年入社。タイヤの開発を経て、2005年よりゴルフクラブ開発に従事。2019年からスリクソンのドライバー、フェアウェイウッドの開発を担当。2022年4月より現職となり、スリクソンのクラブ全体の開発を統括する。
スリクソン史上最高のボールスピード
適度な慣性モーメントとスピン量で操作性と寛容性を両立した「スタンダードモデル」、小ぶりでシャープな形状と優れた操作性の「TR」、低スピン・強弾道の「LS」、そして寛容性と直進性を重視した「MAX」の4モデルをラインナップ
前作「ZX MkⅡ」の完成度が高かった
新しいドライバーのテストは2024年7月〜8月にかけて行われた。だが、そこに同席した開発者の中村氏は「実は前モデル『ZX MkⅡ』のときほど自信がなかったんです」と振り返る。
「『MkⅡ』のときは、たわみを生み出す『リバウンドフレーム』が進化したから初速が上がった、と胸を張ってプロに説明できたのですが、今回の『ZXi』は結果としては初速が速くなっているのですが、理屈が解明できていなかったんです」
前作「ZX MkⅡ」シリーズは完成度の高いクラブだったという中村氏。それだけに、後継モデルを開発するにあたって、どこから手を付ければいいのかアイデアは出がらし状態だったという。
「スリクソンのクラブ開発には研究チーム、基礎開発チーム、そしてモデル開発チームがあり、まず研究チームに何かない? と相談したんです。すると『理由はわからないが、フェースの肉厚をこうすると飛ぶ』というフェースがあったんです。それが『i-FLEX』の始まりでした」
そのフェースとはトウとヒールを厚くしたもの。いろいろと試していくと、確かにボールスピードが出る。インパクトでボールが当たったときに、どう変形しているのかを見ていくと、まずフェースに当たってたわみが生まれ、フェースから戻っていくが、このときのボディの振動がボールスピードに影響を与えており、この無駄な振動を、肉厚を変えたフェースが抑えているようだとわかってきた。デジタルシミュレーションであたりをつけ試作品を作るが、ゆがんだり、違うものができたりもする。作ってみたら違うものがよかったとなることも。少しずつ調整しながら、納得のいくものにたどり着くまでの紆余曲折は長かった。試作品の数はこれまでで一番多くなったという。
松山英樹が認めた「ZXi」の初速性能
当初、R&Aの適合ドライバーヘッドリストには9月9日に掲載される予定だった。しかし、新しい「ZXi」をテストした松山英樹が「もう少し早くなりませんか?」と言ってきたのだ。
「本当に良くないとクラブを替えないのが松山プロ。『ZXi』のボール初速が彼に評価されたんです。うれしかったのですが、慌てましたね(笑)。大急ぎで手配し直して、適合リストへのリストオンを数週間前倒ししました」
そして松山はPGAツアーのプレーオフ最終戦、ツアー選手権でいきなり新ドライバーを投入した。
「『ZX』から『ZX MkⅡ』のときはリバウンドフレームの進化だったので、スムーズにスイッチできた選手が多かったのですが、今回の『ZXi』はフェースが変わったことで打感が変わり、軟らかくなったんです。打った感覚と出球がこれまでと違うので、初速が出ると分かっていても、慣れや調整に時間が必要な選手もいます。そのなかで松山プロが即座に使ってくれたことは自信になりました」
「プロが使えるクラブ」がスリクソンのコンセプト
「スリクソンのクラブには大前提として『プロが使えるクラブ』というのがあります。プロが使うということは、試合で勝てると思うから使ってもらえるわけです。では彼らは何を求めているのか? 誰もが飛ばしたいのは間違いない、だからボール初速を上げました。それに加えて、スピンを減らしたい、フェースローテーションを使いたい、つかまりが欲しい、真っすぐ飛ばしたい……と求めるものは人によって異なります。そこでモデルによって棲み分けを決め、『スタンダードモデル』、『LS』、『TR』、そして新たに『MAX』を加えました。『MAX』はスリクソンの中で曲がりにくさがMAXなんです。
もちろん我々も〝10K〞に代表される大慣性モーメントも検討しました。でも果たして大慣性モーメントは本当にやさしいのか? 確かに物理的な意味ではブレにくい、芯を外してもヘッドが回転しにくいというメリットがありますが、これはスリクソンの考えるやさしさではなかったんです。スリクソンのターゲットはボールをフェースセンターに当てられる人ですから。ただ、ヘッド体積は前モデルと同じですが、投影面積をひと回り大きくしました。これがやさしさにつながっていると思っています」
より多くの人に合うようにチューニングできる
「また、どんなにいいヘッドでも、人によってスウィングや好みは違います。そこでソールのチューニングウェイトを2つに増やし、より細かく調整できるようにしました。これにより長さだけでなく重量、そして重心も変えられます。
また新たにフェースにレーザーミーリングを施しました。黒いフェースにあえて目立たないように細かいものを入れてあります。実は摩擦力と粗さはイコールではないというのがタイヤの世界では常識なんです。粗い溝やパターンを何種類も試した結果、今回のものが一番結果がよかったんです。
スリクソンのクラブには新しい技術や目新しさが感じられないと思う方もいらっしゃるかもしれません。でもクラブって技術の品評会ではないと我々は考えています。ボール初速、フィーリング、操作性、直進性……それらを詰めていってたどり着いた総合力。これこそが『ZXi』ドライバーの真骨頂なんです」
PHOTO/Hiroaki Arihara