JLPGAで一度は頂点を極め、その勢いでUSLPGAでも活躍が期待された稲見萌寧。しかし、その挑戦は思ったようには行かず、いわゆる挫折を味わうことに。そんな稲見にデビュー前から彼女を知るプロゴルファーの中村修がインタビュー。気心知れた聞き手に稲見が本音を語ってくれた。

2018年にプロテストに合格した稲見萌寧は、その翌年の2019年から毎年優勝を重ね、現在までに日本ツアーで13勝を挙げている。直近の優勝は2023年の全米女子プロゴルフ協会公式戦のTOTOジャパンクラシックで、稲見はこの試合に勝ったことで翌2024年はUSLPGAツアーに参戦したが、ここで彼女の2019年から続いた優勝ロードにストップが掛かる。アメリカでの成績は、18試合に出場し、予選落ちが10試合、棄権が2試合、ベスト10入りは僅かに1試合という惨憺たるものだった。多くの日本人の女子プロにとってUSLPGAへ繋がるドリームロードだったTOTOジャパンの優勝が、どうして稲見萌寧にとってはデビュー以来のビクトリーロードの行き止まりとなってしまったのか。そして開幕を間近に控えて、今季は、崩れてしまった自分のゴルフを、どのように修正し再構築してツアーに臨むのか。

画像: 2025年ダイキンオーキッドレディスで開幕戦を迎える稲見萌寧(写真/中村修)

2025年ダイキンオーキッドレディスで開幕戦を迎える稲見萌寧(写真/中村修)

――去年を振り返ってもらって、『良かったこと』と『良くなかったこと』を教えてください。

稲見: 1番良かったことは、『生きる力がついた』こと(笑)。どこに行っても、私、生きていけるわっていう自信がついたかな。あと、トラブルが起きてもまったく慌てずに笑ってやり過ごせるようになったこと。

――それは、海外に行けばこそ得られた経験?

稲見: そうですね。トラブルを待ってました! って思えるというか。トラブルは絶対にあると思っているから、トラブルが起きたら笑えました。

――例えば、どんなトラブルがあったの?

稲見: クラブのヘッドの盗難とか。

――ああ、全米女子プロの試合前だよね。

稲見: ゴルフ場に着いてキャディバッグを開けたら、ドライバーのシャフトがあるのにヘッドがないのを見て、爆笑しました。マネジャーさんがその後、大変な思いをしたんだけど、私はもう爆笑。

――そこからヘッドを取り寄せないといけなかったわけでしょ。

稲見: そう。でも全く同じのものがなくて、スピンが1300(rpm)とかしか出なくて。でもそれしかないから、自分でカチャカチャしまくって高さだけ出したけど、酷かった。

――そういうのを乗り越えて生きる力が……。

稲見: ついた。

――でも、それはゴルフにも凄く重要だよね。

稲見: メンタル的に心が広くなったというか、許容できるようになったというか。あと良かったのは、生活面が凄く楽しくて、趣味もできたし。ゴルフ面ではショットはダメだったけどパターが良くなってきたのが良かったというか、(スタッツで)ストロークに貢献しているという数字にも現れてきて。気持ち悪い感覚もだいぶなくなってきた。「良かったこと」はそんな感じかな。

――「良くなかった」ことは?

稲見: もともと私は日本でずっとやるって決めていたタイプだから、(2024年からUSLPGAツアーに参戦し)海外では違う難しさがあったというか。ジュニア時代から海外を目指してやっているのと日本でやるのとでは、ちょっとやり方が違ったなって思った。自分は、もうずっと日本っていうマインドで、今まではコントロールを重視でやってきているから、その部分で(逆の海外は)ちょっと私向きではないのかなって思って。どんなに頑張っても、今は海外で優勝っていうのは厳しいかなって……。もちろん今は、日本でも大変なんだけど、でも日本のほうが試行錯誤しながらでも頑張れば、まだなんとかなるかなって思える。

――力の差を感じたということ?

画像: 2024年シェブロン選手権にて(写真/BlueSkyPhotos)

2024年シェブロン選手権にて(写真/BlueSkyPhotos)

稲見: 実力差というよりも、自分の応用力がまだ海外のゴルフに適していないし、それに適応する引き出しもないというのは感じた。あとは、どんなに良い状態で行ったとしても(向こうでは)活躍できるかどうかなのに、この状態だったら日本でも無理という状態で行っていたので、正直、ゴルフは楽しめなかったです。

――そういう経験を経て、現時点は自分のゴルフは何合目にいる感じなの。

稲見: 悪いものを修正するのに必死過ぎて、マイナスがやっとゼロに戻った感じです。でもまだ悪い記憶が残っちゃっているから、それがコースではもう出ないっていう自信を付けていかないといけないので、開幕からいきなり優勝争いに絡んでいきますっていうのはたぶん無理だと思います。

――昨年の最後の試合(11月)から今季の開幕の3月までの間に、1度リセットできた感じ?

稲見: 時間が足りないです。ショットをゼロに戻すので一杯一杯で、正直、アプローチ練習とか全然できていない。今週(開幕2週間前)からやっとコースを回れるようになったくらいなので、芝を見ると打つタイミングが変わって早くなるし。だから練習場ではだいぶ良くなったというくらいで収まっちゃっている感じなので、急ピッチでやらないと。

画像: 練習では質の高いフェードボールを打ち続けていた(写真/中村修)

練習では質の高いフェードボールを打ち続けていた(写真/中村修)

――練習場と違い、コースでは欲が出る。飛ばしたいとか入れたいとか。ゼロに戻したものに、それが入ってくるとどうなるかだよね、欲が。

稲見: それは全開(笑)。これからは、その欲を理解してどう取り組むか。飛ばしたいからって振れば飛ぶかといったらそうじゃないし。飛ばすためにはスウィングを安定させないといけないし。安定させるには体を使って振らないといけないし。振れば飛ぶわけじゃないという理解から、どうやったら飛ぶかといった効率とかを考えないといけないですからね。

――それをコースに出たら、考えずに出来るかということだよね?

稲見: うん、そうです。

――技術的な課題は。

稲見: ショットに関しては、もちろん継続的に調整したり試行錯誤しています。スウィングがある程度、形になってきたら、あとはクラブとかの影響もあると思うので、今はクラブを探し始めて調整しています。パターに関しては、そもそも苦手で、そんなに期待していなかったから焦るということもなかったけど、でも去年一年やってだいぶ感覚とか気分的に変わってきて、正直、試合でもパターで助けられたこともけっこうありました。今は、結果が入る入らないというよりは、何故か分からない根拠のない自信があるというか(笑)。

――フィジカル的な課題は。

稲見: 正直、去年までは自分の体の良い状態の時のイメージが残り過ぎていて。ソレを求めてトレーナーさんを選んだり、トレーナーさんにお願いしたりしていたんですけれど、結局、それを求めているからイマイチ、ハマらなくてダメだったんだなっていうのがあって。腰をやってから体が変わってしまっているので、前の良い時の感じを求めても無理なんだろうなっていうことに気づいて。もちろん、良い感覚が間違っているわけではないから、その感覚は持っておくけど。それで今年から新しいトレーナーさんにもやってもらうんですけれど、前の体に戻すのではなくて、前のよりアップデートした良い体を目指すことからやろうとなったら気持ちが楽になったというか。前の感覚を求めて良い悪いを判断するのではなくて、こういうトライをしたらこうなるんだっていうふうに新しく作っていくようにしたから気分的に楽というか、トレーニングはキツイけれど楽しいし、という感じです。

なぜゴルフをしているのか

――ここからはテーマを変えて。萌寧選手は今、『なんでゴルフをしているんですか』と質問されたとしたら、なんと答える?

稲見: まあ正直、今はゴルフが凄い好きだからやっているというよりも、仕事だからという答えになるかな。仕事としてやっている以上、好きだけではやっていられないので、それでずっとゴルフをやっているというのがあるから、たぶん引退したら、本当にゴルフが好きでやれると思う(笑)。将来ゴルフを楽しくやるのと、自分のセカンドライフを楽しむためと思って、だから今は頑張っている感じです。あと、自分の腕で勝負できることだからかな。私は勝負事は好きだけど、でも運が絡む勝負事はあまり好きじゃなくて、自分の実力というか持っているもので勝負をするのが好きだから。

――ゴルフを始めた頃は楽しかったの。

稲見: 練習が楽しかった。努力するのが楽しいって言ったほうがいのかな。

――どうして努力をするのが楽しいと思うの。

稲見: 私、いろんな人に昔のままで良かったんじゃないとか、良い時に戻したほうがいいんじゃないとか言われます。それはもちろん分かっているけど、でも良い時を味わったからこそ、その上にいくには何かを変えないといけないし、それをやらないと、時代は進化しているのに自分が進化しないとドンドン取り残されちゃう。それでみんな、もっと良くなりたいって思ってスウィングを変えたりするわけで、それで失敗することだってもちろんあるけれど、その失敗を乗り越えた時にまた一つ強くなるわけだから。だから変えたことで全てが失敗だったとは思わないし、それを失敗だって思う人は、一つ先に行くところまでも行けていないのかなと思います。もちろん、苦しいけど、でもこの苦しいのを乗り越えたら、さらに強くなれるからって、自分にプレッシャーをかけまくっています(笑)。そういう気持ちが自分の中であるから、だから、今、試されてるなって感じ(笑)。

――そうだね。2018年のQTのサードで失敗して、それでも19年の前半戦に推薦で出た試合からリランキングを経て、初優勝にまで繋げるという。そういう土壇場のプレッシャーの強さはあるよね。

稲見: あの時のオフもメチャクチャ自分にプレシャーをかけたから(笑)。推薦をいただいている試合の3試合で前半戦のリランキング(中盤戦の出場資格)を獲得できなかったらゴルフやめるっていうくらいに自分を追い込んで。それで1回目のリランキングをクリアできたから、あれで私のゴルフ人生は助かったなって思った。前の年のQTのサードは私は1打差でファイナルに行けなくて、その1打差で通った人もいたし。次の年のツアーでその人たちが毎週、毎週、試合に出られていることが凄い悔しかったというか、メッチャ嫉妬してたから。それでリランキングをクリアして後半戦に入った瞬間に、誰よりも早く勝ってやるっていう気持ちでやっていたんだけど、それで後半に入って3試合目で優勝できたから。あの時も、自分にプレッシャーをかけて勝ち取っていくしかないんだって思った。

――今年はそういう意味でも、自分にプレッシャーをかけてオフを過ごしてきたわけでしょ。

稲見: そうじゃないと正直、身が入らないというか、危機感とか焦りがないと“終わる”から。燃え尽き症候群になるのが一番ヤバい。だからそこだけは阻止しないといけないと思っていて。じゃあどうやって阻止するかとなったら、自分の頭とか言霊で取り敢えず自分をそっちに向かせて奮い立たせるしかもう方法はない。だからもう、過去の栄光を捨てて自分でイチからやるしかないって思っています。

2000-2021シーズン9勝(2021年間8勝)も、同年の賞金女王も、東京オリンピック2020女子ゴルフ銀メダリストも。そういった“過去の栄光”をいったんは捨て、自分にプレッシャーを掛けていく。『今、自分は試されている』とも言う。稲見萌寧が再起を賭ける2025シーズンが開幕する。

TEXT/古屋雅章

※2025年3月4日19時43分、一部加筆修正しました。

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