「週刊ゴルフダイジェスト」や「みんなのゴルフダイジェスト」で、障害者ゴルフの取材記事を執筆したベテラン編集者が、日本だけでなく世界にアンテナを巡らせて、障害者ゴルフのさまざまな情報を紹介する連載。今回は先日逝去された野球界のレジェンド・長嶋茂雄さんについて。

3日、長嶋茂雄さんが89歳でお亡くなりになりました。

日本のスポーツ界が生んだスーパースター、“ミスタープロ野球”と呼ばれ、華麗なプレーと人を惹きつける言葉使い、プレーヤーとして監督として、その存在は常に輝いており、サザンオールスターズの『栄光の男』のモチーフにもなっています。

しかし私は、この大スターの晩年にこそ、天才と言われた男の裏にある努力の日々、魂のようなものを感じていました。長嶋さんには、68歳で脳梗塞を発症されてからの約20年間、壮絶なリハビリ生活があったと言われています。

画像: 2016年長嶋茂雄インビテーショナルセガサミーカップで、優勝した谷原秀人にトロフィを渡す長嶋さん。右手はポケットに入れたままだが、左手1本でしっかりその“重み”を手渡す

2016年長嶋茂雄インビテーショナルセガサミーカップで、優勝した谷原秀人にトロフィを渡す長嶋さん。右手はポケットに入れたままだが、左手1本でしっかりその“重み”を手渡す

2013年、弟子、松井秀喜さんと国民栄誉賞を受賞。東京ドームで行われた授賞式では、始球式の打席に立ち、弟子の投げたボールを左手1本でスウィングして満員の観衆を沸かせました。ちょうど同じ時期に同じ病を発症してリハビリしていた母がテレビを観て、「すごいねえ。私も頑張らんとね」と涙ぐんだと言っていました。

2021年に開催された東京オリンピックには、聖火ランナーとして、王貞治さん、松井秀喜さんと参加。車椅子を使わずに、自分の足でゆっくり歩くその姿に、私自身、思わず涙してしまいました。その後、体調を崩すもカムバックし、何度か公の場に姿を見せています。Web上で、麻痺が残る手で懸命に書いたであろう、子どものような文字であるのに心に染みわたる文とサインを見たこともあります。「ファンのためのプロ野球」。この精神をずっと貫いたのでしょう。

日本障害者ゴルフ協会のメンバーには「片麻痺ゴルファー」の方々が多くいらして、皆さん頑張ってゴルフを楽しんでいます。長嶋さんは、彼らにとっても大きな存在でした。お二人に話を聞きました。

画像: 会社役員も務めていた廣田和実さん。右手はポケットに入れるプレースタイルで、眼光は鋭く、小技も上手い。コースを離れるととても穏やかで知的な紳士だ

会社役員も務めていた廣田和実さん。右手はポケットに入れるプレースタイルで、眼光は鋭く、小技も上手い。コースを離れるととても穏やかで知的な紳士だ

いつもダンディに真摯にゴルフに向き合っている廣田和実さん。プレーが上手くいかないと悔しがる姿もまた、魅力的です。

「05年はじめに私が脳出血で倒れ救急病院に入院し、その後、家の近くに良いリハビリ病院があるというので家内が入院を申し込んだところ満杯で断られました。そのちょうど1年くらい前に長嶋さんが脳梗塞で倒れ、リハビリをその病院で始めたため突然人気が出たからです。私は別の良いリハビリ病院に入院できたのでよかったのですが、多少迷惑感が湧いたのも事実です。そんなことがあって以後、同じ病の長嶋さんを少し身近に感じて回復されることを期待しながら見てきました。リハビリも随分頑張られたのでしょうが、麻痺の克服は思うように行かなったのではないでしょうか。
 
日本一のプロ野球選手にしてもかなわない程、最初の麻痺の症状が重かったのだと思います。比較するのはなんですが、私の場合、麻痺のレベルがもう少し低かったため、そして日本障害者ゴルフ協会に入ったお陰もあり、片麻痺ゴルフを楽しめている自分は幸せなのかもしれません。それでも長嶋さんはいろんなイベントなどに顔を出され、皆に注目される場面で片麻痺の身体をものともせず堂々と振る舞われておられた。その姿を度々テレビで見てさすがだと思いました。心よりご冥福をお祈りいたします」

画像1: 多才な櫻田さん。キャリアカウンセリングを学び大学院も修了。100円ショップで買ったマックテープで左手をクラブに上手く固定して振り抜く。ミート率はぴかイチ!

多才な櫻田さん。キャリアカウンセリングを学び大学院も修了。100円ショップで買ったマックテープで左手をクラブに上手く固定して振り抜く。ミート率はぴかイチ!

櫻田新児さんは、いつも明るく“おやじギャグ”で周りを楽しませてくれます。その向上心は、ゴルフはもちろん、吹き矢、ブルースハーブなど、多様な挑戦にもあらわれています。

「僕が脳梗塞を発症したのは63歳になる2日前。2018年5月5日未明です。あれから7年。今年古希になり、先日、子供・孫たちに祝ってもらい、地域のサッカー仲間たちからも祝ってもらい、ブルースハーブライブで“古希古希ブルース”を歌ってしまいました。
 
長嶋茂雄さんのリハビリ生活については、知る限り『素晴らしい』の一言! 68歳で発病してから約20年間、前向きにリハビリをしていたと初台リハビリセンターのセラピストが語っていた記事を読んだことがあります。
 
長嶋さんくらい一生懸命にリハビリしていた方がもう一人初台リハビリセンターにいました。日本代表サッカー監督だったオシムです! 長嶋さんの偉いところは、恥ずかしいなどと考えず、人前でありのままの自分を曝け出す行動。同じ脳梗塞後遺症麻痺人間としては、尊敬しかない!! 長嶋さんは、高次脳障害のため言語が不明瞭ですが、それもありのまま曝け出す。
 
その気持ちはどこから来るのか……僕は左脳ではなく右脳障害だから左半身麻痺。認知、言語は大丈夫ですが、僕に長嶋さんのようにできるか、と言われると、きっと半分以下でしょう。長嶋さんも悔しくてもどかしい日々の中で昨日より明日は少しでも動く身体になりたいと日々努力していたと思います。僕も長嶋さんを見習って、明日を見つめチャレンジしたいです。
 
もちろん、現実には日本の脳卒中後遺症に悩んでいる多くの麻痺患者の皆さんが、本当はリハビリしたいのに公的費用でできない現状。長嶋さんは経済的に恵まれているからプライベートリハビリができたはずです。しかし経済的なことの前に、長嶋さんの素晴らしいのはやる気を行動に移すこと。はっきり言って、自主トレリハビリならばお金はかかりません。しかし、多くの麻痺患者はつらい自主トレはやりたくない。自己認知を行動に移すパワーは、長嶋さんには十分すぎるくらいあったのです。行動が変われば、考え方も変わっていく。まずは行動です。それを見た周りも変わっていく。書を捨てよ町へ出よう! かもしれませんね」

6月9・10日に、岐阜の日本ラインGCにて、「第25回片マヒ障害オープンゴルフ選手権」「第2回中部障害者オープン選手権」が開催されます。日本障害者ゴルフ協会代表の松田治子さんは語ります。

「この大会は他のスポーツでも見られない、片麻痺障害者を対象にした競技で、それだけでも継続する意味があります。また、片麻痺の障害者ゴルファーの人口は他の障害より多く、潜在的な競技人口は多いと推測されます。ただ、再びゴルフができるとは思っていない方が多いので、啓発活動としての意味もあります。片麻痺ゴルファーか再びクラブを握り、ゴルフの楽しさで自信を取り戻し、社会復帰にも役立つことを目的としています」

画像2: 多才な櫻田さん。キャリアカウンセリングを学び大学院も修了。100円ショップで買ったマックテープで左手をクラブに上手く固定して振り抜く。ミート率はぴかイチ!

多才な櫻田さん。キャリアカウンセリングを学び大学院も修了。100円ショップで買ったマックテープで左手をクラブに上手く固定して振り抜く。ミート率はぴかイチ!

長嶋さんは、東京ドームでの“ひと振り”のため、工夫された装具を準備し練習を重ねたと、リハビリテーション医の先生にうかがいました。片麻痺ゴルファーたちもまた、多くの想いと工夫と時間を込めて、その“ひと振り”を行っています。「メークドラマ」は、個々の人生にあるのです。

PHOTO/Yasuo Masuda、本人提供

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