ロフトのストロング化を導入したのもジャンボ尾崎
GD 昨年末にジャンボ(尾崎)さんが亡くなられました。ゴルフギア界においては、ボールからシューズ、アパレルなどゴルフグッズの多くに、「ジャンボが使えば大ブームが起きる」というほど影響力のある方でした。
長谷部さん自身もジャンボさんと関わられた場面があったかと思いますが、そこで感じられたものがあれば教えていただけますか?
長谷部 そもそもですね、私がこのゴルフ業界を選んだ理由のひとつがジャンボさんでした。ジャンボさんにまつわる様々な記事、それこそゴルフダイジェストの「チョイス誌」などを読んだ際、陰で働いている色々な人たちの記事を目にして、「こういう人たちの仕事って面白そうだな」と思ったんです。
そこからゴルフクラブ作りを目指したので、自分の人生を決めたひとつのきっかけがジャンボさんであることは間違いありません。
GD 例えば、どんなクラブに影響を受けたのでしょうか。
長谷部 自分が学生の頃はまさに「ジャンプロ」と言われる「ジャンボMTNⅢプロモデル」が一世を風靡していました。それが後に(ミズノ)「TN-87」だったり、(ダンロップ)「DP-201」といったアイアンに影響を与えたという話を読み聞きすると、自分がテレビで見ていた以上に、業界へ与えた影響は凄まじかったんだなと知ることになるわけです。
そうすると「その真髄は何なんだろう」と強く知りたくなりまして。入社試験でも「ジャンボさんのクラブを作りたい」と言ったりして、実際にクラブ企画部に配属され、2年目からジャンボさんのクラブ担当窓口となりブリヂストンとの契約終了まで非常に幸せな道筋を辿らせてもらいました。十数年後テーラーメイドでも再会する幸運とか、そういった背景もありました。

「ジャンボMTNⅢ」
GD 「ジャンプロ(MTNⅢプロモデル)」に関して言えば1983年頃でしょうか、「プロモデル」の名前が付かないミラーヘッドモデルの原型がありました。カラーリングからして「ベンホーガン・パーソナル」を元にした、その影響を模したような雰囲気がありましたが。
長谷部 当時も「ベンホーガン・パーソナル」だと言われていましたが、実際のところはヘッドもだいぶ大きいですし、スコアラインの入り方や独特のネック形状など近い部分があったし、ショートアイアンは「マグレガー」の影響も受けていました。
当時、ジャンボさんは散々色々な「舶来モノ」のクラシッククラブを集めていて、自分自身で組んだり削ったりしていたんです。それを工房で見聞きすると、やはりそういった様々なゴルフクラブのノウハウがあったからこそ、ブリヂストンに良い形として落とし込めていたということではないでしょうか。
GD 「ジャンプロ」は、今でいう“ストロングロフト”を最初に取り入れたクラブとも言えます。当時、ホンマもロフトを立てた「プラス2」といったモデルがありました。
昔は今とは逆で「プロはヘッドスピードが速いからこそ、ロフトを立てたアイアンを使いこなせる」という図式でした。それを製品として当たり前に取り入れていったのがジャンプロでしたよね。
長谷部 そうですね。ジャンプロの当時の開発には「プロがしっかり使えるものを作って、世の中に出す」という考え方があったようです。それが一般にどう評価されるかは難しい判断になりますが、それを真面目に貫いたのが当時のブリヂストンのやり方です。
それが脈々と次の「J's(ジェイズ)」、さらには「ツアーステージ」へと引き継がれていきました。「プロが実戦で使って検証したものが、少しずつ良いものに仕上がっていく」という工程を、当時から着々と積み重ねていたんだと思います。
GD 「ジャンプロ」は7年間という長期販売がされました。今ではちょっと考えられません。
長谷部 当時はプロの要望に応えるというのが開発の起点でしたし、商売ベースの“いつ売らなければならないから次のモデルを作る”という発想は基本的になかったと思います。
鍛造アイアンの場合、量産していくうちに「鍛造型がだれる」と言うのですが、金型が少しずつ変形してきてしまうため、修正では追いつかず作り直さなければいけない時期がありました。そこで生まれたのが「ジャンプロ」と同じ形状の「J's クラシカルエディション」だったりするわけです。製造面での不具合を正す工程を踏む際、開発陣としては「せっかく作り直すなら新しいモデルにしたほうがいいのではないか」という発想がありました。
ジャンボさん自身も、それまでのクラブに問題はなくても「ロングアイアンをもう少し打ちやすくしたい」といった要望があり、低重心設計を目指し「JB2」と呼んでいたアイアンが生まれました。ヘッドが大きくなり、セットとしての形状が整ってくる。そうした工程を実証しながら、一気にあの1995年の「チタンマッスル」へと繋がっていくわけです。
ひとつのモデルが長く売れ続けるかどうかは、当時の製造技術とプロとのコンビネーション次第なので一概には言えませんが、ジャンプロが屈指の名器であることは間違いありません。

「チタンマッスル」
GD 今の時代は、アイアンでも2年経てばモデルチェンジします。売れているかどうかに関わらず時間とともに製品が切り替わっていきますが、昔は違ったということですね。
長谷部 違いましたね。それが良い時代だったと言うべきか。当時は過剰在庫を気にせず、製造キャパシティをフルに使って作っても、世の中の需要が大きかったので売れてしまったんです。
市場全体が右肩あがりでシェアなどもそれほど気にせず、「自分たちの売上をしっかり確保し、ライバルとの競争よりも自分たちが納得する良いものを出す」という時代が80年代後半から90年代前半でした。やみくもにモデルチェンジをするのではなく、良いものをプロが使えばそれを量産化していく、という流れでした。
GD 今だと2年に1回のフルモデルチェンジで、ひとつ前のクラブは入手不可能になります。昔の「ミズノプロ」などは、どんどん新しいモデルが出ても古いモデルが併売されていて、選択肢があったように思います。自分のゴルフ観が変わった時に振り返って選ぶことができましたが、今はそれが難しくなりました。
長谷部 メーカーがビジネス効率を上げるために、また当時隆盛していた量販店での販売により初期在庫を優先した結果、多くの数量を必要としていき「廃盤」という言葉まで出始めました。さらに“マークダウン”という言葉も定着し、発売から数カ月で安売りされる状況も生まれてしまった。
作る側としては、しんどいし残念なことでもありますが、ジャンボさん関連クラブは受注生産や限られた生産キャパの中で健全なビジネスをしていたので、ブランド価値を維持するという面では大きな貢献があったと思います。
GD その一方で、当時はなかった「中古市場」が確立されました。1~2代前のモデルなら新品同様のものが手に入ります。入手方法は変わりましたが、手に入れること自体は可能になりましたね。
長谷部 ただ、中古市場にまで新品が流れている状態が健全かというと、日本のメーカーはあまりそれをやっていません。アメリカのメーカーが抱えた過剰在庫が、様々なルートを経て中古市場に流れざるを得ない、という状況はあるのでしょう。
GD 中古市場において、新しいドライバーが出ると型落ちのモデルが安くなります。「型落ちで十分だ」という人も多いですが、ネットで買うと「思ったものと違う」「ショップで見た個体と違う」ということがよくあります。やはりこれには「個体差」があるのでしょうか?
長谷部 パーシモンの時代は個体差が「個性」でしたし、メタルになっても個体差はありました。特にメタルはネックが細いため、鋳造した金属の冷却過程での曲がり方に個体差が出て、フックフェースが強かったり、ある時はスライスフェース気味だったりということがありました。
今の製造方法では、鋳造が減り鍛造が増えたり、テーラーメイドのように多様なパーツの接着成型が広がったりして、パーツ精度が高まれば個体差は少なくなっていると言えるかもしれません。しかし、個体差がゼロかと言えば、絶対にゼロではありません。反発係数の違いや、見た目のわずかな違いなど、各メーカーの管理基準によって存在しますね。
