「週刊ゴルフダイジェスト」や「みんなのゴルフダイジェスト」で障害者ゴルフの取材記事を執筆してきたベテラン編集者が、日本だけでなく世界にアンテナを巡らせ、障害者ゴルフのさまざまな情報を紹介する連載。今回は、「東京2025デフリンピック」の振り返り番外編!

「東京2025デフリンピック」に関する振り返りは前回でひとまず終えましたが、番外編として、ゴルフ競技会場に観戦に来ていた大学生、柳下涼さんから、「論文が完成しました」との連絡をもらいましたので、改めてご紹介したいと思います。

柳下さんは和光大学現代人間学部心理教育学科心理学専修の4年生。彼が卒業論文を書くに至った理由は以前紹介しました。完成した論文の最終タイトルは『デフゴルフからみる聴覚障害の疑似体験~大学生のゴルフ事情の行動や対応の変化』です。昨年のクリスマスまでに書き上げて提出、2月上旬に無事、発表会を終えました。

画像: 卒業論文を持つ柳下涼さん。前回の記事で自分の顔写真がWeb上に掲載されて、「大学のホームページでも取り上げられました。友だちなどと飲むときのネタになっています」

卒業論文を持つ柳下涼さん。前回の記事で自分の顔写真がWeb上に掲載されて、「大学のホームページでも取り上げられました。友だちなどと飲むときのネタになっています」

「昨年の発表会に参加した学生から、『すごく質問してくる教授がいた』という話をゼミ内で共有しており全員緊張していました。当日、僕は2番目だったので、リハーサルも兼ねて1時間ほど早めに会場に向かったのですが、1番手の学生がかなり緊張していて途中からはゼミ生全員で励まし合う形で発表の時間までを過ごしました。
 
実際の発表では、聴衆のほとんどがゼミ生で、キラーパス的な質問が来ることもなく、時間オーバーもなく無事に終わりました。個人的にはかなり肩透かしを食らった感じです。それよりも、この1日で大学生活が本当に終わってしまうんだなあという漠然とした喪失感がありました」

発表会を終え、大学生らしい感想をくれた柳下さん。デフリンピックの会場で会ったときは実験の直後でしたが、そこで得たデータを論文にまとめることにはとても苦労したそうです。

「分析するためにHADという統計プログラムのアプリを使うのですが、それが苦手で、同じアプリを使う友だちに聞きながらやりました。『標準偏差』など専門用語が多く、しかもそれが英字記号表記なので、まずそれを理解していないと文章にできません。就活を終わらせていてよかった(笑)」

では、論文の内容をほんの少しだけ紹介させてもらいましょう。

実験方法は、大学でゴルフの授業を受けている学生たち40名の協力を得て、まず5ホールは普通にプレー、その後の5ホールは耳栓を付けてプレー(実際は時間の関係で4ホールとなった)。スコアの変化や体験後の感想を集計しました。耳栓が聴覚障害の“疑似体験”となるわけです。集まった回答は33名分(男性23名、女性10名)。全員、授業以外のゴルフ経験はありません。スコアデータはHADで「t検定」を用いて、各人の記述感想は「KJ法」を用いて分析しています。

まず注目すべき点は、柳下さんが考えるゴルフの特徴について、審判員がいない競技で誠実な行動、正直さが求められることに関して、「ゴルフはルールの根本から相手ファーストの利他的思考で構成されている」と表現していること。そこで「障害を持つ人と健常者における心理的障壁を破壊することに一番長けているのは、ルールの根本から誠実なゴルフなのではないか」「大元のルールや道具の大幅な変更が少ないゴルフならば障害の垣根を越えて共にプレイすることが可能ではないだろうか」と、これらの検証を目的として研究をしたことです。

画像: デフリンピック関連で開催されていたイベントにも顔を出し、新システムやデバイスの体験もしたそうで、「コミュニケーションは今後、技術を使ってよりラクになっていくのかもしれません」と話していました

デフリンピック関連で開催されていたイベントにも顔を出し、新システムやデバイスの体験もしたそうで、「コミュニケーションは今後、技術を使ってよりラクになっていくのかもしれません」と話していました

さて、結果と考察の一部です。

耳栓の有無での男女別スコアの平均ストローク数に関しては、耳栓ありの状態では男性のほうが女性より「有意に高い」(有意差とは、統計的な差、意味のある差)ことが示され、耳栓なしの状態では男女の平均ストローク数に「有意差はなし」でした。また、耳栓の有無でのスコアの平均ストローク数に関しても「有意差はなし」でした。「聴覚の制限があってもゴルフの成績に大きな影響は出ないと考えられるだろう」(考察を一部抜粋)。

また、記述感想を8つのカテゴリー分けしたところ、上位から【コミュニケーションでの問題】【耳栓ありスコア向上】【耳栓ありスコア低下】というものが出てきました。

【コミュニケーションでの問題】に関して、「多くは、一緒にプレイする人とのコミュニケーションを取ることが困難になり、打順の判別が難しくなったことを回答していた」「また、実際に会話以外での手段でのコミュニケーションを図る学生も多く見られた」「中でも多く見られたコミュニケーション方法は、ガッツポーズやハイタッチ、拍手といった達成感や喜び、称賛といった意味を持つポジティブなジェスチャーや、手を上げ、ジャンプして喜ぶ、身体を使ってガッツポーズするといったオーバーリアクションであった。利他的思考は行動にも自然と表れるのかもしれない」(考察の一部抜粋)。

これは、“振り返り”で大会に関わった多くの方が指摘した、デフゴルフの魅力そのものです。

また、【耳栓ありスコア向上】に関して、「感想を記した学生たちの多くに共通して書かれているのは『集中できた』ということだ」との記述がありました。今回いろいろな選手にデフゴルファーの強みを取材したところ、「集中力があること」と挙げている人は多く、それに通じます。

これについて柳下さんに聞くと、「耳栓をした状態のほうでは、成績が極端に良くなる人と悪くなる人が同じくらいの人数いて、そこらへんは個人差としか言えないんですけど……」と少し恥ずかしそうに答えてくれました。

総括として、自身の口からこう語ってくれました。

「耳栓の有無はあまり関係なくゴルフはプレーできる、ゴルフという競技の性質上、誰でも分け隔てなくできるということが、少しでも伝えられたかなとは思います。また、耳が聞こえないとやはり意思疎通を図ろうとすることは結構難しいみたいで、プレー中の打順がわからなくなる人がいたりしたことは興味深かったです」

生まれつきの難聴に加え、幼稚園時代に中耳炎をこじらせて、左耳が聞こえなくなった柳下さんは、自身の経験も踏まえ、今回の卒論で自分でやりたかった内容に取り組めて楽しかったと言います。

「これだけでは不十分な部分は多いです。本当はサンプルが50くらいはほしかったですし。でも発展性はある気がします。もっと大きな分母で、実力別に調査したり、意思疎通の面を探ったりできるといいですよね」

画像: 『「音」の要素がそのまま「視覚」や「感覚」に置き換わるため、デフゴルフは他のデフスポーツよりも視覚・集中力が重要になるデフスポーツだと言えるだろう』(論文より)

『「音」の要素がそのまま「視覚」や「感覚」に置き換わるため、デフゴルフは他のデフスポーツよりも視覚・集中力が重要になるデフスポーツだと言えるだろう』(論文より)

とはいえ、こうして研究の“痕跡”が残ることが、次の何かにつながるのだと思います。何より、柳下さんの心に残ったものは大きいのです。実は柳下さんは大のゲーム好き。昔からゲームセンターにある「ジョジョの奇妙な冒険」のビデオゲームが好きなのだそう。

「全国の人と仲良くなれるのが楽しいですし、実はこのゲーム、キャラクターごとに攻撃の音があり、足音などが擬音の形で表示されるので、それが面白くて。ゲームセンターって周りの音が大きいのでゲームの音自体が聞こえづらいでしょう。でもこのゲームは視覚情報に頼ることができます。擬音も工夫されていて、“キャラ”ごとに小さいとか大きいとかがあるんです」

筆者にはまったくわからない話題が出ましたが、そういったゲームならば、デフの関係者が開発に関わっているのかもしれないと思い、「そういうゲームを作っては?」と聞くと、「それも確かにそうですね。でも僕はあまりパソコンが得意じゃないんです。普通の人よりはできますけど、うちは代々機械音痴なので……」と真面目に返答してくれました。

これまでも自分の感性を大切にして趣味や研究などを選んできたのでしょう。「なんだかんだ面白い人生ですよね」。今後も、デフ、デフゴルフ、デフスポーツ……何かしら、関わることができるものを見つけたいという柳下さん。

「今はとりあえずまだそこまで具体的には考えられないですけど、いろいろと選択肢があるので、今後考えていきたいと思います」

現在は週4日のアルバイトの日々。単位は3年までにほぼ取得しているので問題なし。4月からは社会人となります。

「楽しみ半分、不安半分です」

今後、ゴルフというスポーツを「どこかでやりたいです」と柳下さん。「どうせならきちんと打ちっぱなしなどに行きたいんですけど、近くにあまりないですし、値段が高くて。ラクに行ける場所があればいいですね。でも、社会人のゴルフ、楽しそうですよね」

ゴルフを通じて共生社会を生きる若者がまたひとり、増える気がします。

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