平面から立体へ。平坦な土地を3次元の芸術に変えた天才シェイパーの功績
C・H・アリソン
アリソンバンカーと聞いてすぐに思いつくのは、その「深さ」ではないだろうか。1930年に来日し、東京GC朝霞コースを設計したアリソンの設計図を見た関係者は、その図面からバンカーの深さや大きさをそれほど把握できなかったとされる。その最大の理由は、建設地がほぼ平坦であり、そこに起伏がつけられた立体的な姿を明確に想像できなかったからだ。日本にとって初めての近代的なコース設計・施工であったため、当時の認識では仕方のないことだった。
アリソンは実際に土を動かし、削り、盛るという作業をするシェイパーをアメリカから連れてきていた。その男の名はジョージ・ペングレース。彼はアリソンの2次元の平面図を読み解き、平坦な土地を3次元のコースへと造り変えていった。多くの関係者がその技術と見事さに目をみはったとされる。
川奈ホテルの富士コースはアリソンの設計で1936年に完成している。つい最近、アリソンの図面を18ホール分手に入れることができた。当然なことだが、富士コースはこの図面から造成されコースに仕上げられている。
詳細に見てみると不思議なことに気付いた。

アリソンが描いた川奈GCの設計図
18番ホール右側のバンカーについては、花道とグリーン面の接触部分を「ゼロ(基準点)」とし、そこからバンカーの深さが「マイナス6」と記入されていた。単位はフィートであるため、図面上での深さは30センチ×6フィート=180センチ、つまり約1.8メートルの深さのバンカーとなる。
ところが実際には、18番グリーン右のバンカーは深さが3メートル強もあり、富士コースで最も深いバンカーとなっている。しかも図面では、右側のバンカーがフェアウェイの方向まで伸びていた。一方、左側のバンカーは現在よりも小さく、花道はフェアウェイに対して左から右へグリーンと連結するように描かれている。このレイアウトでは、2打目地点からピンを狙う際に大きなバンカー越しとなるためかなりのプレッシャーが掛かり、ミスをすれば間違いなく右側の巨大なバンカーに捕まってしまう。
11番は灯台のある名物ホールで、図面では619ヤードとされていた。距離こそ現在と同じだが、当時はティーイングエリアが10番グリーンの後方に配置されていた。そのためホール全体が左ドッグレッグとなり、フェアウェイの曲がり角にある左右のラフには、マイナスXのバンカーが4個ずつ連なっていた。

川奈ホテル富士コースの11番ホール
現在の11番は距離のあるほぼストレートなホールであり、フェアウェイ中央に植えられたフェニックスの木の右側が狙い目とされている。しかし、左ドッグレッグだった時代には、おそらくこのフェニックスの木はなかったと想像できる。なぜなら、ホールの曲がり角のラフにバンカー群が配置されていたからだ。もしそこにフェニックスの木があればプレールートを阻害してしまうため、戦略性を重んじるアリソンがそのような設計をするはずがないと断言できる。
後年、ティーイングエリアを変更してストレートなホールに改修した際、バンカーを埋め、その代わりにフェニックスの木を植えたのではないだろうか(筆者自身の記憶では、フェニックスではなく枝ぶりの良い松の木が植えられていたような気もするのだが……)。
そして、1962年の世界アマチュア選手権開催前にもコースは改造されている。今から64年も前のことだ。その名残として、1番グリーン左手前、10番グリーン右、12番グリーン右に新設されたサブグリーンが現在も残されており、6番と15番のグリーンは面積が拡張された。
アリソンの図面を眺めていると現在との違いがいくつか発見でき、「なぜだろう?」と思いを巡らせているだけでも楽しくなる。歴史は推理なのだ。
文・写真/吉川丈雄(特別編集委員)
1970年代からアジア、欧州、北米などのコースを取材。チョイス誌編集長も務めたコースやゴルフの歴史のスペシャリスト。現在、日本ゴルフコース設計者協会名誉協力会員としても活動中





