1970年代からアジア、欧州、北米などのコースを取材し、現在は日本ゴルフコース設計者協会名誉協力会員として活動する吉川丈雄が、ラウンド中に話題になる「ゴルフの奥深い知識」を綴るコラム。第79回目は、ゴルフコース建設において、設計家が描いた平面の図面を実際の立体的なコースへと仕上げる「フォアマン(現場監督)」や「シェーパー(造形技術者)」の役割と、その技術の重要性について。

等高線と基準点から立体を創り出すアリソンの精密な設計図

画像: ジョージ・ペングレース

ジョージ・ペングレース

コース設計家が図面を制作したらコースの造成が始まる。図面にはコンター(等高線)が入れられており、フェアウェイの起伏やマウンドの高さや幅や傾斜、グリーンとバンカーの高低差などの数値が詳しく記入されている。

チャールズ・H・アリソンが描いた川奈ホテル富士コースの図面でいえば、グリーンの入り口にゼロ地点が指定されていて、その地点を基準にしてバンカーの深さが明記されている。

例として最終18番ホールでは、フェアウェイに最も近いグリーンの入り口を「ゼロ地点」とし、バンカーの深さを「マイナス6(フィート)」と指定している。つまり基準地点から1.8メートル掘り下げる計算だ。シェーパー(造形技術者)は、この図面の数値を正確に読み取りながら土を掘り、あるいは盛り上げていく。

アリソンはジョージ・ペングレースというフォアマン(現場監督)を伴って来日した。1930年代の日本ではフォアマンという技術者の存在、役割を知らず、何をする技術者か分からなかったようだ。東京GC朝霞の建設予定地はほぼ平坦の雑木林だった。

そのため「どのようなコースに仕上がるのか」と会員たちは不安を抱いていたという。だが、ペングレースは巧みに土を削り出し、盛り土によってフェアウェイへ豊かなアンジュレーション(起伏)を創出。平坦な土地を鮮やかに立体化してみせた。近代的なゴルフ場建設の現場を初めて目の当たりにした当時の会員たちは、大いに驚き、そして納得したのだ。

同じくアリソンが設計した廣野GCでは現場監督を伊藤長蔵が担い、助手として京都大農学部の上田治が参加した。

画像: 「アメリカゴルフの父」とされるチャールズ・B・マクドナルド

「アメリカゴルフの父」とされるチャールズ・B・マクドナルド

「アメリカゴルフの父」とされるチャールズ・B・マクドナルドにはチャーリー・バンクスという優れたフォアマンが造成の監督を担っていた。

フォアマン(現場監督)と対をなす重要な存在が「シェーパー」である。設計図を読み解きながら、重機を操り実際に土地を動かしてコースをカタチ作っていく造形技術者のことだ。東京GC朝霞においては、ペングレースがフォアマンとシェーパーを兼任していたとされる。井上誠一はペングレースの仕事ぶりを見て多くを学び吸収していったと思われる。コース設計家となった井上は、古木造園の古木営治をフォアマンとして重用して多くのコースを完成させている。

アリソン自身、「私は図面を描く人」と割り切り、「詳細な施工については現場の担当者に聞いてほしい」と言い切っていたという。造形の実際を全面的に信頼できるフォアマンやシェーパーに委ねていた証左と言えるだろう。

画像: 東京GC朝霞コース/開墾器

東京GC朝霞コース/開墾器

シェーパーの腕は、コースの仕上がりを大きく左右する。重機を駆使し、指示通りに土を削り、盛り上げていく。もちろん、土を動かす面積や体積も図面から正確に把握しなければならない。シェーパーの技量次第では、設計家が意図した微妙なラインや美しさが台無しになってしまうことすらある。

また、現場では全てが図面通りに進むとは限らない。静岡カントリー浜岡コースの改造を手掛けたのは名匠リース・ジョーンズだが、図面通りに施工を進めても全体の収まりや仕上がりに違和感が生じる場面があったという。そんな時、現場のシェーパーはアメリカにいるスタッフと現場の映像をリアルタイムで共有し、密に意見を交わしながら課題をクリアしていったそうだ。

文・写真/吉川丈雄(特別編集委員)
1970年代からアジア、欧州、北米などのコースを取材。チョイス誌編集長も務めたコースやゴルフの歴史のスペシャリスト。現在、日本ゴルフコース設計者協会名誉協力会員としても活動中。

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