「週刊ゴルフダイジェスト」や「みんなのゴルフダイジェスト」で障害者ゴルフの取材記事を執筆してきたベテラン編集者が、日本だけでなく世界にアンテナを巡らせ、障害者ゴルフのさまざまな情報を紹介する連載。先週に続き、8月7日~15日、スウェーデンのバルセバックリゾートで開催された、2年に1度開催されるビッグな世界大会で第15回世界デフゴルフ選手権大会の日本代表選手の話を紹介します。

小林真樹子さん、40歳からの覚悟で掴んだ「世界3位」

女子シニアの部に出場した小林真樹子さん(50歳、HC13、ベストスコア83、ゴルフ歴10年)は、初出場ながら3位という素晴らしい結果で終えました。

画像: 銅メダルを授与された小林さん。次の大会ではさらに輝くメダルを!

銅メダルを授与された小林さん。次の大会ではさらに輝くメダルを!

「初めての世界大会は刺激の連続でした。悪かった点は2日目に何度も3パットしてしまい、順位に大きく響いてしまったことです。また、世界の舞台で戦うなかで、自分自身のプレーを守るためにも、もっとルールを深く学ばなければいけないと痛感する局面もありました。一方で、3日目と4日目はセカンドからの距離感とショットが非常に良く、順位を上げることができたのは私にとって大きな自信につながりました」

試合を終えてすぐに的確な自己分析ができるあたり「ただモノではないな」と思わせてくれます。実は小林さんは、父がシングルプレーヤー、姉がツアープロというゴルフ一家に育ち、ゴルフは常に身近にあるものでした。15歳(中学3年生)のときに突発性難聴を患い両耳の聴力を失った小林さんは、ゴルフを40歳になって始めます。今、小林さんにとってゴルフは、自分の限界に何度も挑ませてくれる最高の“挑戦の場”だと言います。

画像: 「男子チームにつづけ!」。日本代表女子チームと手話通訳士さん

「男子チームにつづけ!」。日本代表女子チームと手話通訳士さん

「プロゴルファーである姉の存在は非常に大きく、すぐにアドバイスをもらえる恵まれた環境で日頃から練習しています。一番上達につながったと感じているのは、ホームコース(東京ロイヤルゴルフ倶楽部)のアプローチ練習場での取り組みです。そこでは直接芝から打てるので10〜60ヤードを重点的に練習することができるのです」

小林さんの挑戦に心強い味方はお姉さんだけではありません。

「私が大会に向けて練習場に行く機会が増えたぶん、どうしても家事に手が回らなくなることがありました。そんなとき、主人と娘が“違う意味での支え”として、自発的に洗濯物や料理を分担してこなしてくれました。家族全員の強力なサポートがあったからこそ、今回の結果を残すことができ感謝しております」

画像: スウェーデンの青空の下で練習する小林さん。トップの形、決まってます

スウェーデンの青空の下で練習する小林さん。トップの形、決まってます

ご家族はきっと、小林さんの情熱に動かされたのだと思います。

「今回の経験から、今後は“プレーの安定性”を最重視し、課題となったパッティングも含めて日々の練習に励みたいと考えています。目標は高く、さらに子どもたちに誇れるお母さんとして『世界大会での優勝』を目指したいと思います。また、今回の日本選手皆さんの挑戦や男子チームの世界一の快挙を誇りに思うと同時に、これをきっかけに、日本国内におけるデフゴルフがより一層繁栄し、多くの人に知っていただけるスポーツになることを心から願っています」

すでに次の目標に向かって歩み始めた小林さん。ご家族もまた、ともに歩む道になるに違いありません。

主将・前島博之さんが魅せた圧巻のアンダーパー!

昨年の東京デフリンピックの個人戦7位に続き、今回も個人戦で日本人最上位の4位に入り、団体戦では優勝チームのメンバーとなった前島博之さん(38歳、HC+0.5、ベストスコア63、ゴルフ歴30年)。生まれつきの感音性難聴ですが、デフリンピックの陸上競技でも活躍した経験もあり、根っからのアスリートです。

「個人戦は302ストローク(82・72・78・70)の通算10オーバーでメダルにはあと一歩届きませんでしたが、世界の強豪選手と最後まで上位争いができたことは、大きな自信になりました」

画像: 前島父子の世界大会。生涯共有できる、なんて贅沢な時間!

前島父子の世界大会。生涯共有できる、なんて贅沢な時間!

試合を自己解説してもらいましょう。

「初日は10メートルを超える強風のなかで思うようなプレーができず、82という苦しいスタートになりました。しかし、そこで気持ちを切らさず、2日目には大会で自身初となるアンダーパーの72、最終日には70を出すことができました。苦しい状況から立て直し、最後まで諦めずにプレーできたことが、今回もっともよかった点だと思います。特に最終日は、自分のプレーが団体戦の結果にも大きく影響する状況でした。そのなかで3アンダーを出し、日本チームの逆転優勝に貢献できたことは、今後の競技人生でも忘れることのない経験になりました。一方で、初日の強風への対応や、3日目にスコアを伸ばし切れなかったことは課題です。悪い流れのなかでもボギーを最小限に抑えるプレーや、風の中での距離感、ショートゲームの精度をさらに高める必要があると感じました」

こちらも素晴らしい自己分析です。

「団体戦では最終日、首位のイングランドと6打差があり、簡単に逆転できる状況ではありませんでした。それでも、チーム全員が最後まで諦めず、『自分の一打がチームの一打になる』という気持ちでプレーしました。団体戦は個人戦とは異なる緊張感があります。自分のためだけではなく、一緒に戦う仲間や日本で応援してくださっている皆さんのためにも、最後まで粘らなければならないという責任を感じました。選手だけでなく、スタッフや家族、協会関係者など、多くの方々の支えがあったからこそ成し遂げられた優勝です。日本デフゴルフの歴史に『世界一』という結果を残せたことを、キャプテンとして大変誇りに思っています」

今大会は日本代表のキャプテンも務めた前島さん。“熱い男”はますますアツくなり、チームを鼓舞したことでしょう。

前島さんの父・和雄さん70歳も参加

また、今回は初の“親子参加” で、父・和雄さん(70歳、ゴルフ歴40年以上)もシニアの部に出場しました。

「父と一緒に世界大会へ出場できたことは、競技結果とは別に、私にとって非常に特別な経験になりました。親子で同じ日本代表として海外の大会に出場できる機会は、決して多くありません。現地でも他国の選手から『親子で世界大会に出場するのは素晴らしい』と声をかけていただき、あらためて貴重なことなのだと実感しました。

父にとっては初めての海外で、約17時間の長い移動や時差、海外の食事や生活環境など、ゴルフ以外にも慣れなければならないことがたくさんありました。到着直後は時差ボケで体の感覚がおかしいと言いながらも、練習を重ねて本番に合わせていく姿は、息子として頼もしく感じました。

大会では、それぞれ自分の試合に集中していたため、親子というよりも“同じ日本代表の選手”という感覚で、お互いの結果を気にしながら励まし合っていました。世界大会という大きな舞台を一緒に経験できたことは、一生の思い出です。帰国後は2人とも時差ボケに苦労しましたが、それも含めて、後から笑って話せる親子共通の思い出になりました」

父子で世界大会を真剣に楽しむ姿が目に浮かぶようです。

画像: 夕日より、金メダルより、2人の笑顔のほうが輝いています

夕日より、金メダルより、2人の笑顔のほうが輝いています

前島さんは、鳥取県立鳥取ろう学校の教員でもあります。生徒たちからも学校でお祝いの言葉をたくさんもらったそうです。

「『世界一、おめでとうございます』『先生、すごい!』などと言ってもらえました。出発前から応援してくれていた生徒たちに、金メダルとともによい結果を報告できたことが、とてもうれしかった。世界大会やデフスポーツについて興味を持ち、試合の様子や外国の選手について質問してくれる生徒もいました。

今回の経験を通して、生徒たちにも『最後まで諦めずに挑戦すること』『仲間と力を合わせること』の大切さを伝えていきたいと思っています。教師として言葉で伝えるだけでなく、自分自身が挑戦する姿を見せられたことにも、大きな意味があったと感じています」

熱い男は“熱い先生”でもある。こんな先生に教わる生徒たちは幸せですね。そして、ゴルファーとしてもさらに高みを目指します。

「個人戦でメダルを逃した悔しさも強く残っています。今後の課題は、風などの難しいコンディションへの対応力、アプローチとパッティングの精度、そして4日間を通して安定したスコアを出すことです。特に、調子がよくない日でも大きく崩れず、スコアをまとめられる力を身につけたいと思います。次の目標は、個人戦でも世界の表彰台に立つこと。そして、今回つかんだ男子団体世界一の座を一度だけで終わらせず、日本チームが継続して世界のトップで戦えるようにしたい。自分自身がさらに強くなることはもちろん、キャプテンとして若い選手や次世代のデフゴルファーにも経験を伝え、日本デフゴルフ全体のレベルアップに貢献していきたいと思っています」

選手たちの情熱が周りを巻き込み、それがデフゴルフの普及と発展につながっていく。輝かしい結果というバトンを持ち、日本のデフゴルフは、新たなスタートラインに立ったのです。

写真提供/小林真樹子さん、前島博之さん、日本デフゴルフ協会

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