すでに仕手は中嶋が演じていた。会心の川岸の一打をアウトドライブさせフェアウェイにティショットを飛ばした。尾崎は左のラフだった。すでに苦渋の色 は消えていた。
ヘビーラフか ら高々とボールを打ち上げた。クラブヘッドにひと塊の芝がからまりついている。それが尋常でないライであったことを訴えていた。「自分の 打ちたいショット」が出来たのか、透明度の高い秋空に舞い上がった白球を穏やかな眼差しで追っていた。ピン右4メートルほどにオンした。
つぎに川岸が打った。ピン手前3メートルほどに乗った。中嶋が最後に打った。ピンの根元に落下して、2メートルばかりオーバーした。グリーンサイドか ら盛大な拍手が上がった。中嶋は仕手を演じ切っていた。ギャラリー全員がすでにチャンピオンを見る目で中嶋の一挙一投足を追っていた。
尾崎はその目 をもう一度自分へ惹きつけた。バーディパットを入れたのである。これは理屈抜きで素晴らしいことだった。そのパットを入れたことで、尾崎 はベストルーザーになった。通算5アンダー。
川岸は3メートルのバーディパットを深々と外した。通算3アンダー。中嶋は入れた。最終日の中嶋は、試合後に言っていたように「パットはノーミス」 だった。パット数はアウト、インともに12の「24」だった。通算7アンダー。
クラブハウスへ上がると安田幸吉さんがテレビの前にいた。「尾崎の3連続ボギーはねぇ」と言ったあと、「しかし最後のパットはよく入れたよ。ふつう入らないもんだがね、気落ちしているから」。尾崎の労をねぎらうように言う。
すべてが終わった18番フェアウェイに、数十名のキャディが並んで目土をやっていた。ポプラの枝は相変わらず揺れていた。ギンドロは裏白の葉を光らせていた。秋の陽はすでに赤味を帯びている。
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1990年日本オープン(小樽CC)「誇りある敗者」その①
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「誇りある敗者」その②“オザキ”という精巧な体が生み出した3日目の「68」
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「誇りある敗者」その③尾崎は足踏み 中嶋がジワリ 2打打差に。インへターンした
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「誇りある敗者」④精巧だったはずの「オザキ」というマシーンに歪みが生じた